くまわん雑記

時々問い合わせがありますが、「くまわん」というのは、ある地方の方言です。意味はヒミツです。知る人ぞ知るということで。

なんで、「日の丸の名刺入れ」に驚くの?

2010年03月26日 | Weblog
開星高校の野々村監督の名刺は「日の丸入り」だそうだが、なんでそれに驚く? 腰が引ける?

自分の国の国旗だろ?

そういう反応が起きるこの国こそ、異常であり、批判されるべきではないのだろうか?
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そんなに叩くべきことか?・・・:島根開星高校野球部監督の「末代の恥」問題

2010年03月26日 | Weblog
以下抜粋。

第82回選抜高校野球大会1回戦敗退後のインタビューで、「21世紀枠に負けて末代の恥」と発言した開星(島根)の野々村直通(なおみち)監督(58)について、同校の大多和聡宏(あきひろ)校長は25日、「野々村監督から辞任の申し出があり、校長として了承した」と発表した。また、村本克(かつし)・野球部長(46)を当面謹慎処分にすることも決まった。

21世紀枠に負けたら、「末代まで」か否かはさておき、「恥」という気持ちになっても決して不可思議なことではあるまい。元々春のセンバツの選考基準そのもの夏のようにスパッと明快ではなく、そこに加えて「21世紀枠」などというわけのわからん、余程頭の悪いヤツが付けたとしか思えない意味不明なネーミングのもとに、これまたセンバツされた連中よりももっとわけのわからん連中が出場するのだから、それに負けたら「恥」と思ったりするもののではないだろうか。

それ以前に、負けを「恥」と思うのは、少なくとも日本人の心理においては、ごくごく自然なものなのではないだろうか。

実際、問題の根本のところは、「恥」という発言そのものよりも、それを口に出してしまったことにあるのだろう。確かに、メディアの前で、口にしたのは不用意だった。言われた対戦相手も確かに良い気持ちはすまい。

その点まで配慮できなかった野々村監督も、還暦を手前にしながら浅はかというか、いまだ「未熟」であったと言わざるを得ない。

ただ、それにしても、監督を辞任に追い込むまでの「大問題」なのだろうか。

騒いだマスコミ、世論も世論だが、それに反応して「臭いものにフタ」のような対応の学校側もいかがなものか。

しかも監督の辞任、自宅待機だけではなく、野球部長も「当面謹慎」だとか。組織の論理による判断、決定なのかもしれないが、また私はいわゆる「連帯責任」というものを頭から否定するつもりはないのだが、その悪い適応例の最たるものではないだろうか。

これは、野球部長の謹慎は、学校側が問題の重大さを認識しての処分というよりも、世論を意識したパフォーマンスに過ぎないとしか思えない。

要は、野球部長は、学校側によって組織防衛のために「人身御供」にされたに等しい。生徒の不祥事に対しての責任の取り方としてならともかくも、御年58のオッサン、ジイサンの発言の逐一まで、いかに組織上の理屈があるとはいえ、監督よりも10以上も年下の部長に連座を問うのは、行き過ぎというものだ。

ただ、学校側も追い込まれてのやむを得ない措置ということでもあるのだろう。まあ、教育機関として、生徒への「示し」という点ではいかがなものかとも思うが、「組織防衛」としてはやむを得ないということなのか?

それにしてもである。

学校には抗議の電話は殺到したという。いちいち電話までする暇人たちがいることも驚きだが、彼らのある種「執拗」とも思える行動に、私は少なからぬ気味の悪さをおぼえずにはいられない。
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