くまわん雑記

時々問い合わせがありますが、「くまわん」というのは、ある地方の方言です。意味はヒミツです。知る人ぞ知るということで。

キリン・サントリーの破談

2010年02月09日 | Weblog
ケツの穴の小さい話だが、まあ、非難されるべきはどちらかといえば、サントリー側だろうな。

というか、鳥井、佐治家の連中度もだろうな。

企業に私物化なんて言うと、「もともと私企業なんだから、私物化もくそもない!」なんて批判を受けそうだが、あれだけ図体デカくなると、「私事」では済まなくなる。

両家の連中も、もう少し「お国のため」と思った方がよいな。この国や日本経済は両家のためにあるのではないから。むしろ逆だ。

サントリーは文化・学術事業に貢献してきた。それは認める。学術賞なんて、選考方法の良しあしはともかくも(なんで?って類の受賞もあるからなあ・・・)、基本的には評価している。少なくともキリンよりは高尚なことしているが、それは所詮、経済全体ということで考えたら枝葉末節に過ぎない。

そんな「貢献」で、大企業の一族支配と、それによる日本企業への「悪影響」を見過ごしてはいけないなあ。まあ、経済、銭儲けなんて所詮「クロネコ・シロネコ」だ。一族支配であろうが、儲けを出して、日本国のお役に立っていればそれでよしとすべきなのだろう。つまり、ヤクザでも使い道があれば、その存在を認めてやるくらいの度量が社会や国にあっても良いということなのだが、今回の「破談」は、どう考えても、日本国、日本経済にプラスになるとは思えない。

合併すれば、サントリーのくそ不味いビールも少しはまともになるかと期待したのだが。もっとも、バブルの頃に「ビヤーヌーボー(だっけ?)」などというネーミングからして間抜けで、味は間抜けどころか馬ション以下の品物を販売した会社であるが、あの頃に比べれば味の方は若干まともになったかな?

(蛇足)
そういえば、佐治家って昔、「熊襲発言」をして物議をかもしたモーロク爺いたなあ・・。
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国会議員の資産公開は、「日本人はバカ」の証左

2010年02月09日 | Weblog
なんでそんなことをする必要があるのか?

要は、やっかみ、ねたみ、ひがみという世論の感情があってのことなのだろう。もちろん、過去に政治家のカネにまつわるスキャンダルが繰り返し起こり、それがきっかけとはなっとのだが、「根」というものを探れば、やはり人間だれしも多かれ少なかれ持つ感情に行きつくのではないのか。

要は、他人がカネを持っていることが面白くないのだ。しかかも国会議員のやつらときたら、地位も権力もある。そのうえカネまで、ということなのだろう。

しかしながら、鳩山首相が最高で16億。まあ、本人名義が16億ということで、某タイヤ屋の株式なんかあわせれば80億近い資産を持っているらしいが。かりに80億だったとしても、アメリカの国会議員連中から見れば「たかが」ということだろう。何100億、何10億という資産を持つ議員などざらにいる。かつて対日強硬派で知られたゲッパート等は、今から数年前で資産5,6億くらいで、議員のなかでは「貧乏」な方と言われたくらいだ。

政治にはカネがかかる。ましてや大統領選参戦ともなれば。カネの算段がつかねば参戦すらできない。できても途中で撤退した政治家も過去に何人もいた。桁が違うとはいえ、日本でも同じだ。選挙を含め政治活動にはカネがいる。だから、政治家のカネにまつわる問題は後を絶たない。カネがかかる制度がおかしい?カネのかからない制度も可能だ? 確かに、カネのある人間しか参加できない民主政治というものから、果たしてそれが「民主」なのかという疑念は払拭できない。今よりもカネのかからない選挙、政治が可能かもしれないとの可能性は欧州のいくつかの国にケースからうかがい知ることはできる。ただ、現状において、「カネがかかる」というのは現実であり、そうした現実があるにもかかわらず、あえて政治家に資産公開をさせ、しかも、昨今の鳩山首相に対する一部の批判も含めそれが場合によっては政治家に対する批判、支持率低下の原因にもなるというのはいかがなものか。

いかがなものかというか、政治家に資産公開等を求めて溜飲を下げる国民が、程度が低いのだ。要は、感情レベルでしか政治を見ていない。

資産公開を喜んでいるのは、マスコミだけかもしれない。だが、「そんなものもうよせ!」という声を巷で聞いたことはない。

いや、むしろ資産公開をうまく「ガス抜き」で使っているのは政治家のほうだ?それはありえるだろう。だが、もしこれが本当だとしたら、これこそ国民は「バカにされている」と怒るべきではないのか。

ところが現実は「鳩山総理はお坊ちゃんだから・・」ぐらいのねたみ、そねみ、嫌味くらしか聞こえてこない。マスコミの情報操作、歪曲を差し引いても、世間の政治家の資産への反応はおおよそそんなものではないのか?

鳩山、麻生程度のカネで「お坊ちゃん」なら、米国の政治家の多くは、お坊ちゃんどころか「王子様」、「王女様」のレベルだ。もっとも、食いっぱぐれた移民の子孫に「王子」、「王女」の品格はないのだが。

「資産公開なんかもうやめましょう」、そんな声が出てくるようにならなければ、日本の民主政治はまだまだ・・・ということなのではないだろうか?
コメント (2)
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