ガの休眠物質
数億年前から地球上に生息し、生物の種の70 %以上を占めるとされる昆虫。あらゆる環境に適 応しながら生き延びてきた虫の能力に学び、活 用しようという最新の研究。
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温帯にすむ昆虫の多くは、いったん発育を止めると 「休眠」をして寒い冬を乗り切る。日本原産のガ「ヤママユ」は、9月上 旬にクヌギやコナラの枝に産み付けられた卵の中で、翌春にふ化する まで約八ヵ月間も幼虫のまま眠っているという。「休眠の本質は細胞 分裂の抑制。分裂の激しいがん細胞とすぐに結び付いた」。岩手大の 鈴木幸一教授(昆虫バイオテクノロジ-)は、幼虫の体内で休眠をもた らす物質「ヤママリン」を発見。がん細胞を眠らせ増殖を抑える「静(制) がん剤」としての応用を目指している。抗がん剤のように正常な細胞ま で攻撃しないのがメリットだ。培養したラットの肝がん細胞では、ヤママ リンを加えないと2日後にがん細胞がシャ-レいっぱいに広がったが、 加えたものではほとんど増殖しなかった。細胞に対する詳しい作用も 徐々に分かりつつあるという。鈴木教授は「環境を汚す人間はわがま まで欠陥だらけ。小さな虫が人間を救うことが実感できれば、地球の 奇跡的なすごさに気付くのでは」と研究の意義を語っている。