(神奈川県伊勢原市日向 国指定重要文化財)





















現存する梵鐘は暦応三年(1340)銘


霊亀二年(716)行基によって霊山寺として創建したと伝わる。源頼朝が旅装から白装束に着替えたと伝わる衣裳場から参道を上がると、三河鳳来寺を思わせる自然林と地形に合わせた石段が続く。辺りにはイロハモミジ、ケヤキ、スダジイ、モミ等「寺林」と呼ばれる樹木が県指定天然記念物となっている。途中にある仁王門及び仁王像は天保四年(1833)に焼失したものを同年再建したものである。日向薬師には平安、鎌倉時代の仏像六躰が伝わり、平安時代の歌人で大江相模守公資の妻である相模が日向薬師を詠んだ歌や、「吾妻鏡」には頼朝の妻北条政子が安産祈願をした記述がみられる。最盛期には十二坊存在したが、廃仏毀釈により廃寺となり、宝城坊が霊山寺の寺籍を継いでいる。




















万治三年(1660)本堂


現存する梵鐘は暦応三年(1340)銘
鐘堂宝暦十三年(1763)

足利基氏幡かけ杉樹齢八百年
