馬とモンゴル

乗馬によるモンゴル大自然の四季と牧民生活の折々を日記風に

過去の記憶をたどる

2016-08-01 13:32:27 | 下町の景色・住宅街・植え込み等

40年前の日本

自分の人生なんて一寸先は闇ならぬことである
モンゴルなんて来て長居をするなんて想像もしていなかった

しかし、何の悪戯か根を張り
一寸やそっとでは動かせなくなってきている

 ノスタルジックがいい

40年以上前の秋葉原・築地・道玄坂近辺を思い出す
裏道に入ると小便横丁独特の強烈な臭いが堪らない

離れてみていると懐かしい!

懐かしい操車場

   

操車場で貨物車の入れ替えや中央駅を利用して中国(三連口)へ
ロシアへはバイカル湖方面へ  それとも銅山都市エルデネへ向かうのか

写真の列車はロシア方向へ行く列車である

爺さんは背中を中国へ向け正面は西の方角を向いている
近頃は操車場の職員からも・・嗚呼あ奴かと思われている

写したりボンヤリと列車を眺める現地人なんかいない

爺さんが子供の頃、過ごした情景と同じものがここには有る
贅沢を言わせてもらえば石炭列車などが動いていたら冥利に尽きるぜ!

昔と近代

   

歩きつでに日本政府ODAが建設した『太陽の橋』の話をしよう!

この橋は日本人技術者と現場監督が最初から最後まで指導して
作り上げた高架橋である

モンゴルで一番自慢できる橋でもある

しかし、先日の大雨で三度も冠水してしまった
見てください歩道と車道には日本と同じ作りの側溝と排水口が作られています

それでいて何故!冠水するの・・

昔の話が必要です

此処は首都で一番低い場所であり人の住めない場所だった
まして鉄道が東西に走り人の往来も車も自由に走れない場所だった

車の走る道路もなかった

凍結する冬以外はジメジメしてカビ臭い場所だった
そんな場所に住んでいたのは浮浪者や工場の管理人だけ

空き地には高圧電線が走り火力発電所の配管が東西南北に
張り巡らされていた・・今もその面影が有る

そんな場所にしか太陽の橋を作る場所がなかった

首都としてのインフラ整備が出来ていない
自由国家になり今まで住居と移動制限されていた

国民が地方から大挙首都UBに流れ込んできた
全国民の三分の一が首都に住んでいる

そのため国が首都市民に作り上げた高層団地だけじゃ足りなくなり
北側の山岳地(連峰の山頂、中腹、裾野)に住居を作り上げた

電気しかない山の斜面に地方からの国民が住み始めた

だから現在、首都で空地場所は簡単に工事をすると
爺さんが河川敷の工事状況を記事にしているように問題が起きて来る

コンクリートのように硬い土をスコップでは掘り起こせない
そこでシャベルカーで作業すると高圧電線・下水管が
至る所に埋没されている・・

壊せば補修工事(工事会社責任)が発生する
誰も過去の埋設物の事も記録も残っていない・・役所にも

悪い言い方をすれば太陽の橋に付随され建設された下水管工事の
最終排水溝口は如何なっているかである

写真右側にセレべ川支流の川が流れている
爺さんの見立てでは川の立つ位置の方が1m以上高い位置にある

そうなれば道路を1m以上掘り下げ川へ流し込む排水溝口を作る必要がある
ODAはそこまで予算付けを計算していなかった

太陽の橋の両出入り口は、このあたりで一番低地に作られた
モンゴルの役人も雨季の情報を日本政府側に話していないだろう

役所の職員はアンポンタン達ばかりである

それが一週間ほど前の写真になる
排水口がなければ冠水するのは道理である

雨は一年で三回か四回だけだから大丈夫!
これが役人の判断だろう

そんな環境の傍に爺さんは引っ越してきた次第!
これも何かの運命だろう

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