蒲田耕二の発言

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下町

2012-06-02 | 社会
昨夜のニュースウォッチ9で、スカイツリーが巨大な日時計になったなどと、もっともらしいルポをやっていた。なんのことはない、高いツリーが東京の下町にあちこち日陰を作ったというだけの話である。

要するに、報道番組がネタ不足に備えてストックしておく埋め草の典型なのだが、中にちょっと胸を衝かれるシーンがあった。

ツリーの日陰になる一角で90近い老人が半世紀、黙々とセンベイを焼き続けている。「セールスはいかん。真心を込めれば客はおのずとやってくる」などと言っている。

胸を衝かれたのは、老職人の手アカ付きまくりの金言でもなければ長年コツコツ商いを続けてきた根気でもなく、画面の隅にチラリと映り込んだテープデッキにだ。

あれは間違いなく、いっとき世界的名声を馳せたアカイ製のオープンリール・デッキだった。しかも、4トラックで10インチ・リールが掛かるタイプだ。オレ自身、かつて使っていたから見間違いじゃない。

こういうテープデッキを使っていたのは、60~70年代の音楽ファンである。当時、ファンにとって重要なメディアの一つがFM放送だった。音質がAMより格段にいいし、人気アーティストのライヴが盛んに放送されていたからだ。

LPでも、ディープ・パープルの武道館ライヴのようにライヴ・アルバムがなかったわけではないが、頻繁に発売されていたわけではない。レコード発売は採算が取れないが内容は興味深い、といったコンサート・ライヴはFMが一手に引き受けていた。

それも、収録時間が1時間に満たないLPと違ってフル・レングスで、放送は一度きり。音楽ファンはFMの録音に熱中した。

録音機器ではカセット・デッキが出回りはじめていたが、まだ音質が悪く、だから録音マニアのあこがれはオープンリール・デッキだった。中でも、FMの音質を損ねずに1時間半ノンストップで録音できる10インチ・リール・タイプは垂涎の的だった。

あの90近いセンベイ職人(もしくは、その息子)は、きっと熱心な音楽ファンだったのだろう。下町の職人には、時々こういう人がいる。一方できまじめに仕事を続けながら一方でイキな趣味を持つ。一徹でいながら遊び心がある。取材のカメラが偶然にとらえたテープデッキが、そういう多面的な人柄の深みを物語っていた。だから胸を衝かれた。

ところで、旧宅の押し入れに入りきらないぐらいぎっしり溜まっていたオレのオープンリール・テープ、引っ越しを機に99%まで廃棄処分してしまいました。けっこう貴重な録音もあったんだけど。録音マニアって、録音はしても聴き返しはぜーんぜんしないんだよね。

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