今まで抑えていた疑問が頭を擡げてきた。
三国志が大好きなマリリンにとっては、初歩の初歩的な疑問。
本格的な史料まで目を通した分けではないが、
この通称、赤劉家や赤劉邑の名前を目にしたことがない。
少なくとも娯楽的な小説や関連本には記載されていない。
かと言って、現に存在するものを問うのも、どうかと思い控えてきた。
「後世の娯楽本に記載されてない、とでも問うつもりか」とヒイラギ。
そうなんだ。
本当の自分というものを説明しても、みんなには理解出来ないだろう。
「後世から時空を越えてやってきた」と言えば、かえって混乱させるだけ。
「頭が狂ってるのではないか」と疑われるのがオチだ。
そんな自分が、存在する赤劉家を問うては、問うた本人の資質が疑われる。
もしかすると・・・。
赤劉家は黄巾の乱で消滅するのか。
だとすれば、後世に名が残らなくて当然なのだが・・・。
「お前は悪い方へ、悪い方へと考える。
なんでもかんでも後世に正確に伝えられたとでも思っているのか。
後世に伝えられる多くのことは勝った側が残した歴史だ。
負けた側の歴史は歪められて伝わるか、途中で消えてなくなる」とヒイラギ。
多分そうなんだろう。
しかし、この赤劉家を思うと・・・。
ヒイラギが諭すように言う。
「桂英は当主として太平道に十分な注意を払っている。
何か変事を起こしはしないか、とな。
この時代の者としては先見の明がある。
でもな、今はそれだけで充分なんだ。
これ以上のイザコザは、かえって太平道の反感を買う。
下手すると乱の勃発時に血祭りにあげられるかも知れない。
だから、お前は余計な事を言うべきじゃない」
ヒイラギの弁にも一理はある。
黄巾の乱の初期の広がり、激しさからすれば、
赤劉家が矢面に立つのは避けるべきだろう。
この赤劉邑の備えは、徐州内勢力との攻防なら耐えられるだろうが、
全国規模の乱が相手では三日と保たぬだろう。
酔ったような口調で関羽がマリリンに問うてきた。
「あの剣は如何するのだ」
忘れていた。
風神の剣。
今、手元にはない。
あの時、落としたままなのか。
マリリンの顔色を読んだのか、隣の醇包が言う。
「あれは鞘を拵えるため、武具を扱う職人に預けてある」
「あっ、ありがとうございます」
「何か、こうしたいとかの注文はないか」
「鞘が丈夫でさえあれば充分です」
風神の剣に取り憑いたモノが職人に悪さをしないだろうかと心配になった。
すると桂英が言う。
「あれは何かに取り憑かれているわね」
桂英の力を侮っていたわけではない。
だが面と向かって指摘されると、あらためて怖さが増幅した。
この人に隠し事が、いつまで通用するのかと。
「確かにそんな手触りでした」
「どう思う」
「怒っている女」と一言で表現した。
桂英の表情が緩む。
「心当たりでもあるのかしら」
「いいえ、何もありません」
「でもあれは貴男を救うために落ちて来たのでしょう」
みんなの手が止まった。
食べるのも飲むのも止め、マリリンを注視した。
「どうもそのようです」
「関羽殿も心配しているけど、アレをどうするの」
剣そのものというより、取り憑いたモノを心配してくれていた。
しかしアレに初めて触った時には禍々しい気配が充満していた。
恨み、祟り、悪意、増悪、憤怒、邪心・・・。
それらが剣を手にしたマリリンに取り憑こうとした。
かろうじて防げたのはヒイラギやサクラの助けがあったから。
助けがなかったら今頃、マリリンは取り憑かれていたはず。
それが今回は微塵も感じ取れなかった。
どういう分けか、ストレートな怒りのみを纏っていた。
「光の道を通った時、マリリンは着ていた物を失っただろう。
結局最後に残ったのはシンプルな身体だけ。違うか。
アレと同じで、風神の剣に取り憑いていた怨霊共が取り除かれたのではないか。
必要ない余計な物として。
風神の剣に残されたのは基本的な部分だけ」とヒイラギ。
しかし、まだ何かが取り憑いていた。
あの怒りは何なのだろう。
「おそらく、剣を焼き入れする段階で生け贄にされた者ではないか」
「生け贄・・・、どうして」
「特別な剣を拵えるときは生け贄を捧げるのが常識だ」
常識と言われても。
迷信を信じた時代では普通の事なのか。
だとすると、アレは砂鉄と生け贄で出来ているのか。
怒りは、生け贄にされた者の怒りなのか。
「おそらくはそうだ」とヒイラギ。
悲しい話しだ。
生け贄にされた者もだが、これまで取り憑いていた怨霊共も。
剣で斬り殺された者達が成仏出来ずに取り憑いたのだろう。
マリリンは、みんなに聞こえるように言う。
「縁あって私の手元に落ちて来たのですから、私の物とします」
みんなは複雑な顔をした。
賛成した方がいいのか、反対した方がいいのか、決めかねているらしい。
赤ら顔の胡璋がふと漏らした。
「するとマリリン殿は、神樹の丘で麗華様に拾われたのだから、
縁あって麗華様のモノですかな」
あまりの言いように、一瞬だが、みんなの息が止まった。
次の瞬間には一斉に笑いが起こった。
隣の醇包がマリリンの背中をバンバン叩いて笑う。
桂英も朗らかに笑う。
理解したマリリンは顔が赤らむのを感じた。
言葉に詰まり、思わず麗華に目を遣った。
同じように顔を赤らめた麗華は周りの姫達を、必死で窘めていた。
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三国志が大好きなマリリンにとっては、初歩の初歩的な疑問。
本格的な史料まで目を通した分けではないが、
この通称、赤劉家や赤劉邑の名前を目にしたことがない。
少なくとも娯楽的な小説や関連本には記載されていない。
かと言って、現に存在するものを問うのも、どうかと思い控えてきた。
「後世の娯楽本に記載されてない、とでも問うつもりか」とヒイラギ。
そうなんだ。
本当の自分というものを説明しても、みんなには理解出来ないだろう。
「後世から時空を越えてやってきた」と言えば、かえって混乱させるだけ。
「頭が狂ってるのではないか」と疑われるのがオチだ。
そんな自分が、存在する赤劉家を問うては、問うた本人の資質が疑われる。
もしかすると・・・。
赤劉家は黄巾の乱で消滅するのか。
だとすれば、後世に名が残らなくて当然なのだが・・・。
「お前は悪い方へ、悪い方へと考える。
なんでもかんでも後世に正確に伝えられたとでも思っているのか。
後世に伝えられる多くのことは勝った側が残した歴史だ。
負けた側の歴史は歪められて伝わるか、途中で消えてなくなる」とヒイラギ。
多分そうなんだろう。
しかし、この赤劉家を思うと・・・。
ヒイラギが諭すように言う。
「桂英は当主として太平道に十分な注意を払っている。
何か変事を起こしはしないか、とな。
この時代の者としては先見の明がある。
でもな、今はそれだけで充分なんだ。
これ以上のイザコザは、かえって太平道の反感を買う。
下手すると乱の勃発時に血祭りにあげられるかも知れない。
だから、お前は余計な事を言うべきじゃない」
ヒイラギの弁にも一理はある。
黄巾の乱の初期の広がり、激しさからすれば、
赤劉家が矢面に立つのは避けるべきだろう。
この赤劉邑の備えは、徐州内勢力との攻防なら耐えられるだろうが、
全国規模の乱が相手では三日と保たぬだろう。
酔ったような口調で関羽がマリリンに問うてきた。
「あの剣は如何するのだ」
忘れていた。
風神の剣。
今、手元にはない。
あの時、落としたままなのか。
マリリンの顔色を読んだのか、隣の醇包が言う。
「あれは鞘を拵えるため、武具を扱う職人に預けてある」
「あっ、ありがとうございます」
「何か、こうしたいとかの注文はないか」
「鞘が丈夫でさえあれば充分です」
風神の剣に取り憑いたモノが職人に悪さをしないだろうかと心配になった。
すると桂英が言う。
「あれは何かに取り憑かれているわね」
桂英の力を侮っていたわけではない。
だが面と向かって指摘されると、あらためて怖さが増幅した。
この人に隠し事が、いつまで通用するのかと。
「確かにそんな手触りでした」
「どう思う」
「怒っている女」と一言で表現した。
桂英の表情が緩む。
「心当たりでもあるのかしら」
「いいえ、何もありません」
「でもあれは貴男を救うために落ちて来たのでしょう」
みんなの手が止まった。
食べるのも飲むのも止め、マリリンを注視した。
「どうもそのようです」
「関羽殿も心配しているけど、アレをどうするの」
剣そのものというより、取り憑いたモノを心配してくれていた。
しかしアレに初めて触った時には禍々しい気配が充満していた。
恨み、祟り、悪意、増悪、憤怒、邪心・・・。
それらが剣を手にしたマリリンに取り憑こうとした。
かろうじて防げたのはヒイラギやサクラの助けがあったから。
助けがなかったら今頃、マリリンは取り憑かれていたはず。
それが今回は微塵も感じ取れなかった。
どういう分けか、ストレートな怒りのみを纏っていた。
「光の道を通った時、マリリンは着ていた物を失っただろう。
結局最後に残ったのはシンプルな身体だけ。違うか。
アレと同じで、風神の剣に取り憑いていた怨霊共が取り除かれたのではないか。
必要ない余計な物として。
風神の剣に残されたのは基本的な部分だけ」とヒイラギ。
しかし、まだ何かが取り憑いていた。
あの怒りは何なのだろう。
「おそらく、剣を焼き入れする段階で生け贄にされた者ではないか」
「生け贄・・・、どうして」
「特別な剣を拵えるときは生け贄を捧げるのが常識だ」
常識と言われても。
迷信を信じた時代では普通の事なのか。
だとすると、アレは砂鉄と生け贄で出来ているのか。
怒りは、生け贄にされた者の怒りなのか。
「おそらくはそうだ」とヒイラギ。
悲しい話しだ。
生け贄にされた者もだが、これまで取り憑いていた怨霊共も。
剣で斬り殺された者達が成仏出来ずに取り憑いたのだろう。
マリリンは、みんなに聞こえるように言う。
「縁あって私の手元に落ちて来たのですから、私の物とします」
みんなは複雑な顔をした。
賛成した方がいいのか、反対した方がいいのか、決めかねているらしい。
赤ら顔の胡璋がふと漏らした。
「するとマリリン殿は、神樹の丘で麗華様に拾われたのだから、
縁あって麗華様のモノですかな」
あまりの言いように、一瞬だが、みんなの息が止まった。
次の瞬間には一斉に笑いが起こった。
隣の醇包がマリリンの背中をバンバン叩いて笑う。
桂英も朗らかに笑う。
理解したマリリンは顔が赤らむのを感じた。
言葉に詰まり、思わず麗華に目を遣った。
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