金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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金色の涙(白拍子)189

2009-12-16 20:03:57 | Weblog
 先触れの騎馬が湯治場に駆け込んできた。
「御代官の奥方様が、ご到着される。於雪殿、居られるか」
 ヤマトから事前に知らされていた白拍子が飛び出して迎えた。
「こちらに」
「一揆勢が町に迫っているので、こちらに避難してまいりました」
「して、長安殿は」
「一揆勢を迎え撃たれます」
 小柄な婦人を先頭に、僅かな兵に守られた子女等が姿を現わした。
代官所勤めの者達の家族で、老人から赤ん坊まで合わせ百人近い人数だ。
湯治場に着いて安心したのか、ホッとして腰を落とす者が多い。
 疲れ切った顔の婦人が白拍子と顔を合せると、とたんに表情を和らげた。
「於雪」
 白拍子は何も言わずに婦人に駆け寄り、ヒシと抱き寄せた。
「小峰、足は大丈夫かい」
「逃げるのに必死で痛みを忘れていたわ」
 小峰は足の痛みを我慢して、湯治場に残留していた代官所の役人を捜す。
 そうと察して与力が前に進み出た。
「手前がここを任されております。何なりとご指示を」
「連れてきた者達の面倒を頼むわ」
「しかと承りました。奥方様は」
「関所の者達を呼び寄せ、町に引き返す」
 この先の関所に詰めているのは五十人ほどで、たいした戦力にはならない。
それを承知の上で言っているらしい。
己自身も足の痛みがあるというのに。眦を決していた。
 白拍子が、「それなら私も」と。
 小峰は嬉しそうに頷いた。
「貴女がいれば心強い」
 聞いていた者達の中から前田慶次郎が進み出た。
「失礼する。奥方、よろしいか」
 偉丈夫の姿に小峰は目を見張る。
「貴男は」
「浪人、前田慶次郎」
 その名乗りは小峰のみならず、みんなを驚かせた。
織田信長、豊臣秀吉に愛され、天下に「大傾奇者」として知られていたからだ。
奇矯な振る舞いに、武士らしからぬ衣装、だけではない。
古今の書籍、茶の湯に通じ、戦場では朱槍を許されていた。
ことに、織田信長が本能寺で討たれた後の、織田軍の関東総崩れで名を馳せた。
その時に所属していたのは伯父の滝川一益軍であった。
 本能寺の変を知るや、小田原から北条軍が攻め寄せてきた。
滝川軍は奮戦し二度三度と撃退するも、北条の大軍に抗しきれなくなった。
味方であった関東の諸将も、北条の勢いを知るや寝返る者続出。
ついに滝川軍は上方への退却を余儀なくされた。
 危急の際に殿を買って出たのが前田慶次郎。
攻め込んできた北条軍の足を止め、本隊が土一揆で退路を阻まれたと知るや、
殿から引き返して血路を斬り開き、味方を上方へ退却させた。
その際に斃した敵兵数知れず。
己のみならず馬までが全身血塗れであったそうだ。
 慶次郎は、「奥方は御代官の、お心をご存じか」と続けた。
「承知しております。心置きなく戦うためでしょう」
「それを承知で戻られるのか」
 小峰は慶次郎にニコリと答えた。
「縁あって夫婦でござりますれば」 
 慶次郎は言葉に詰まる。
後頭部を指で搔きながら、小峰の視線を受け止めた。
 小峰の後ろから元服前の子供が顔を見せた。
「母上、私も参ります」
 その言葉に小峰の顔色が変わった。
振り返って、強い口調で諭した。
「なりません。今は貴男が大久保家の長なのです。
貴男が弟や妹達の面倒をみなくて、一体誰がみるというのですか」
 傍で腰を落として成り行きを見ていたヤマトは、血の滾りを感じた。
熱い血潮が全身を駆け巡る。
それに合わせ、自身の奥深くで眠っていた龍が振動を始めた。
慌てた「金色の涙」が押さえようとした。
いつもと感じの違う龍の振動に不安を覚えたのだ。
が、アッという間に覚醒した。
 ヤマトは四つ足で立ち上がり、大きく咆哮した。
その猫らしからぬ雄叫びが辺りの山々に響き渡った。
獰猛な木霊に人のみならず獣も鳥も動きを止め、震え上がった。
 ヤマトは手近の柵の上に跳び上がり、居竦む人々を見回した。
岩をも射抜きそうな鋭い眼光。龍が完全にヤマトを支配した。
不思議な事に、実体は無いはずなのに成長した気配がする。
 今の龍は、さしもの「金色の涙」でも制御は不能になっていた。
原因は温泉から吸収した水溶性の金の影響なのだろうか。
伝説の金龍に成るかも知れぬと、単純な考えで温泉を飲んでいた。
今はそれが悔やまれる。
 ヤマトは大がかりな戦いの臭いに武者震い。
全身を覆う黒毛が、夕日を浴びて妖しく黒光りした。
 ヤマトは白拍子に目を遣る。
「於雪、ここで奥方と、みんなを守れ」
 先までとは違う口調に白拍子は思わず頷いた。
 奥方をはじめとして、みんなは人の言葉を喋る猫に思わず後退り。
湯治場から聞える噂で知ってはいたものの、実際目の当たりにして、
実物の不気味さに声を無くしていた。
 次ぎにヤマトは慶次郎に顔を向けた。
「これから先は俺達に任せて、お主等は上方に戻れ」
 歴戦の強者は臆しないで、ヤマトと視線を合わせた。
「わかっている。それで、お前はどうする」
 ヤマトは、「知れたこと」と答え、赤狐と緑狸を呼び寄せた。
期待に胸膨らませる二匹に、「ついて来るか」と問う。
 まず赤狐・哲也が顔を上に向け、甲高い雄叫びを上げた。
山々に木霊すると、あちこちの山から狐達の応じる雄叫びが自然発生した。
物見に出ている伏見の狐達のみならず、土地の狐達も参じるらしい。
 負けずと緑狸・ポン太が雄叫びを上げた。
図太い木霊が狐達の甲高い雄叫びの間隙を縫うように響き渡る。
こちらも狸達が雄叫びに応じた。
 狐狸達の雄叫びが山々の木々を揺り動かした。
鳥達が飛び立ち、獣達が野山をかけ回る足音が響き渡る。
おそらく熊や狼、猪等も刺激された筈だ。
 目を輝かせた若菜がヤマトの前に立つ。
「私も一緒だよ」
「今回は手強いのがいるかもしれん」
 天魔の事を豪姫の耳に入れたくないので暗に示唆した。
 若菜が承知とばかりに頷いた。




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