金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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金色の涙(白拍子)192

2009-12-27 07:12:35 | Weblog
 砦の櫓に戦仕度をした尼僧・孔雀がいた。
一揆勢が八王子を目指していると聞き、長安の軍に強引に同行したのだ。
善鬼や神子上典膳、方術師達、風間の者達も一緒にいた。
 孔雀は下の柵普請の様子を黙って見守っていた。
長安は毛色の違う武将であった。
武人というよりは商人という方が近いのかもしれない。
算盤勘定で仕事を進めるのだ。無駄な事は徹底して省く。
必要か、必要でないかで判断し、私情は一切入れない。
が、冷徹というわけではない。
仕事を離れると人当たりが良く、みんなに優しかった。
 後ろにいた善鬼が孔雀の耳元に囁く。
「惚れるなよ」
 その言葉に孔雀は顔を赤らめた。
否定代わりに裏拳を見舞う。
 善鬼は予想していたので、スイと後退して躱した。
 孔雀は視線を前方の山に転じた。
麓の道が高麗に通じていた。
まだ一揆勢の姿は見えない。
 気になるのは先程の獣達の雄叫び。
不意を突くように八王子の山々から獣達の雄叫びが上がった。
狐狸達の雄叫びと分かっても、雨霰のように降り注ぐ雄叫びの木霊に、
砦の者達は恐怖を覚え、大勢が立ち竦んだ。
幸いにも、それは直ぐに止んだ。
もう少し続いたら逃げ出す者が続出しただろう。
今までにない奇怪で、不気味な出来事だった。
 たぶん、湯治場に現れたという黒猫や、狐狸達の仕業であろう。
彼等の真意が計りかねた。
敵なのか、味方なのか、それとも気紛れに雄叫びを上げただけなのか。
 と、下で悲鳴に近い声。
誰かが大声で一揆勢が現れた事を告げた。
 麓の道におよそ百人。数騎の騎馬を先頭にしていた。先鋒らしい。
彼等は矢弾の届かぬ所で足を止め、こちらの様子を窺っている。
 しだいに一揆勢の数が増えてゆく。
隊列が大きく膨らみ、左右の草地に広がる。
 道の左の丘には砦、右には凹凸の激しい深い森。
どちらかに迂回しようとすれば、それはそれで可能である。
無傷で八王子に入れるだろう。
しかし、目の前の徳川勢を見逃すとは思えない。
 そうこうするうちに、日が暮れてゆく。
長安の指示で柵内に篝火が焚かれ始めた。
砦内でも同様だ。
 一揆勢は松明を点け始めた。
そして、気勢を上げるために松明を打ち振りながら、鬨の声を上げた。
万を越える人数だけに、分厚い鬨の声だ。
微かに茜色の残る空に、それが響いた。
鬨の声だけで徳川勢を威圧した。
 味方が萎縮するのが分かった。
孔雀は善鬼と顔を見合わせた。
何とかして味方の士気を盛り上げねばならぬ、と考えた。
 その時だった。
砦の後方で異な歓声が上がった。
 神子上典膳が、「あれ」と後方の山々を指差した。
 見れば甲斐との国境へ繋がる山の中腹あたりで、篝火が焚かれ始めた。
見る間に斜め横に長く増えてゆく。
道に沿って焚いているらしい。
あの辺りには湯治場があった筈だ。
 善鬼が感慨深く言う。
「おそらく、代官殿の奥方の差配であろう。良い心配りだ」
 奥方は家臣達の家族を連れ、国境の湯治場に避難した。
長安が湯治場に逗留している白拍子を頼りとしたからだ。
 その報せが味方に細波のように広がった。
どこからともなく歓喜に打ち震えた鬨の声が湧き上がる。
 味方のつかの間の喜びを打ち消すかのように、一揆勢の法螺貝。
それに合わせて矢弾が放たれた。
鉄砲隊、弓隊の掩護を受け、押し寄せる人馬の音。
松明を打ち振りながら一揆勢が攻めて来た。
まるで灯りの洪水だ。
 実戦に弱い長安だが、辛抱強く一揆勢を引き付けた。
柵は砦から森の端にまで長く構築してあり、戦いの序盤に隙はない。
 一の柵に一揆勢が打ちかかった。
勢いで押し倒そうとした。
 長安は、頃合い良しとみた。
迎え撃つべく采配を振るう。
三の柵の内側に控えていた鉄砲隊が火蓋を切った。
弓隊も続いた。容赦なく狙い撃つ。
 味方は盾を並べて身を隠していたが、一揆勢は全身を矢弾に晒していた。
次々と斃してゆく。
それでも前進は止められない。
一の柵を倒し、二の柵に押し寄せて来る。
 距離が近くなったせいか、一揆勢の放った矢弾が味方の盾を弾き飛ばし始めた。
勢いに乗った一揆勢は二の柵を倒して、三の柵に迫った。
 長安の合図で槍隊が前進して、柵の内側から迎え撃つ。
ここにきて白兵戦となった。
互いに柵を挟んで攻防を繰り広げた。
柵の隙間から槍が交差し、悲鳴が、気合いが、怒号が、そして血が飛び交う。
 櫓の上の孔雀は善鬼と典膳を振り返った。
「御代官を守れ」

 同時に二人は動いた。
階段を飛び降りて、下で控えていた仲間達のところへ。
方術師達や風間の者達を説いて砦を飛び出した。
 数に勝る一揆勢がついに柵の一角を突き崩した。
こうなると勝敗は決したようなもの。
崩れた所から一揆勢が雪崩れ込んで来た。
もう押し止められない。
 味方が浮き足立つ。
それぞれの組に組頭はいても、こういう場面での統率力に欠けていた。
戦慣れした将兵を岩槻へ派遣していた事が悔やまれた。
 長身痩躯の身を震わせ呆然自失の大久保長安。
偉人を思わせる彫りの深い顔が、顔面蒼白になっていた。
周りの家臣達の、「砦に引き揚げましょう」という声で我に返った。
 三の柵が倒され、一揆勢がドッと押し寄せた。
味方は蜘蛛の子を散らすように、方向の見境無く逃げ惑う。
 長安を守るのに残ったのは数人の家臣のみ。
アッという間に囲まれた。
 そこに善鬼等が駆け付けた。
先頭の善鬼と典膳二人で敵陣に穴を開けた。
続く方術師達が荒修行で鍛えた腕力で槍を振り回し、一揆勢を蹴散らした。
風間の者達が長安達を守るように囲む。
 典膳が野太刀を振るう。
突き出された槍を弾き、鎧ごと敵を一刀両断にした。
返り血を浴びるが、表情一つ変えずに次の敵に挑んでゆく。
二人、三人と続けて斃すや、その技の冴えに周りの敵が後退る。
その隙に長安達が風間の者達に先導されて砦に逃げてゆく。
 善鬼が、「戻るぞ」と典膳に呼び掛けた。
 他の一揆勢が砦を目指していた。
このままでは砦への退路を塞がれてしまう。
 あちこちで逃げ遅れた味方が孤立し、奮戦していたが、見捨てるしかない。
典膳は砦へまっしぐらに駆けた。
具足で重い筈の身体が不思議なくらいに軽い。
邪魔になる敵を容赦なく斬り捨てた。
敵の動きが緩慢に見えて仕方ない。
槍を野太刀で弾き、矢を籠手で払う。
 典膳が斬り開いた退路を善鬼や方術師達が防戦しながら辿る。
 彼等が砦に逃げ込むのを見計ったかのように、獣達の雄叫び。
かなりの数だ。
その距離は前回よりも近い。
砦を遠巻きにしているらしい。
雄叫びと、その木霊が騒然とした戦場を沈黙させた。
敵も味方も立ち尽くし、周りを心配げに見回した。




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クリスマスが終わりました。
みなさん、何か良いことが有りましたか。
私は一つだけ。
別れて暮らしている息子から電話がありました。
近況報告ですが嬉しいものです。


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