マリリンはハッとした。
驚いて目を明けた。
何時の間にやら寝かされていた。
薄明かりが灯され、天井の紋様から劉家の自室であると気付いた。
岩が砂煙を上げて雲散霧消すると同時に、視界が暗くなったところまでは覚えていた。
どうやら、そのまま意識を失ったらしい。
そんなマリリンを、みんなが運んでくれたに違いない。
寝台の脇の椅子に女児、陶涼がいた。
今も兄の陶洪と二人、マリリンの世話を任されていた。
陶涼は目が見えぬにも関わらず、献身的に尽くしてくれていた。
その陶涼は疲れたのか、上半身を寝台に投げ出すようにして寝入っていた。
陶涼を起こさぬように室内を見回し、兄の陶洪の姿を探した。
いた。
片隅の椅子に腰掛けたまま、器用に眠っていた。
あれで椅子から落ちないのは、たいしたものだ。
思わず感心してしまった。
マリリンは音を立てないように気遣いながら、寝台からスッと下りた。
掛け布団を半分だけ捲り、陶涼を優しく抱き上げ、寝台に寝かせた。
次は陶洪。
これまた熟睡しているようで、マリリンに持ち上げられても気付かない。
ソッと妹の脇に寝かせて、布団を掛けてやる。
室外の物音からすると、
まだ就寝時間には程遠いようで、立ち働く物音が聞こえて来た。
「やさしいな」とヒイラギの落ち着いた物言い。
どうやら彼も平常心を取り戻したらしい。
良かったと思い安心した。
ヒイラギが返して来た。
「迷惑をかけたな」
かえって神妙なのは気懸かりでもある。
部屋を出て、階下の食堂に向かった。
ここからの声が廊下に大きく響いていた。
入ると、珍しい顔ぶれがいた。
胡璋や朱郁を含む五人の家臣が夕食に同席していた。
上座の劉桂英が直ぐにマリリンに気付いた。
「大丈夫なの」
マリリンは頭を軽く下げて拱手をした。
「ご心配をおかけしました」
「隣においでなさい」
桂英と醇包の間にマリリンの席が用意され、ご馳走が並んでいた。
「無駄にならなくて良かった」と醇包。
マリリンは、みんなを見回して挨拶し、席に着いた。
桂英が笑顔で言う。
「時間が遅くなったから、食事しながら今日の報告を受けていたの」
酒も振る舞われ、すでに家臣二人が酔っていた。
胡璋も顔が赤い。
彼等の気楽な様子から、報告が終わったと見て取った。
桂英が手短に説明してくれた。
それによると、刺客三人は捕らえる際に手荒く扱ったせいで、身体のあちこちを痛め、
尋問出来る状況にはないそうだ。
幸い内通者を無傷で捕らえていたので、その者から内情を聞き出すことが出来た。
「マリリン暗殺は太平道を率いる張角の命令ではなく、
徐州での布教を任された者達の判断である」と。
それは事実だろう。
マリリンが拾われた日から数えたとしても、
太平道の本拠、冀州と徐州の間を往復するには日数があまりにも足りなすぎた。
マリリンは恐縮した。
「私の為にご迷惑をお掛けしました」
すると醇包が笑う。
「マリリン殿が気にする必要はない。
狙われたのは確かにマリリン殿だが、それはこの邑で太平道を布教するのに、
マリリン殿の評判が邪魔になるからだ。
連中の最終目的はこの邑。
だから何も気にする必要はない」
醇包の口調に余裕が感じられた。
太平道相手にどういう根拠から来る自信なのだろう。
相手を過小評価しているのか。
「この時代にはテレビもネットもない。
正確な情報を得られないのは仕方ないことだ」とヒイラギ。
そうかも知れない。
マリリンは後漢末期の歴史に詳しい。
と言うか、三国志に詳しい。
だから太平道が起こす黄巾の乱の広がりを知っていた。
比べて同時代に生きる者達は正確な情報が入手出来ないので、
世間の評判に流されがちになる。
それはそれで致し方ないだろう。
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驚いて目を明けた。
何時の間にやら寝かされていた。
薄明かりが灯され、天井の紋様から劉家の自室であると気付いた。
岩が砂煙を上げて雲散霧消すると同時に、視界が暗くなったところまでは覚えていた。
どうやら、そのまま意識を失ったらしい。
そんなマリリンを、みんなが運んでくれたに違いない。
寝台の脇の椅子に女児、陶涼がいた。
今も兄の陶洪と二人、マリリンの世話を任されていた。
陶涼は目が見えぬにも関わらず、献身的に尽くしてくれていた。
その陶涼は疲れたのか、上半身を寝台に投げ出すようにして寝入っていた。
陶涼を起こさぬように室内を見回し、兄の陶洪の姿を探した。
いた。
片隅の椅子に腰掛けたまま、器用に眠っていた。
あれで椅子から落ちないのは、たいしたものだ。
思わず感心してしまった。
マリリンは音を立てないように気遣いながら、寝台からスッと下りた。
掛け布団を半分だけ捲り、陶涼を優しく抱き上げ、寝台に寝かせた。
次は陶洪。
これまた熟睡しているようで、マリリンに持ち上げられても気付かない。
ソッと妹の脇に寝かせて、布団を掛けてやる。
室外の物音からすると、
まだ就寝時間には程遠いようで、立ち働く物音が聞こえて来た。
「やさしいな」とヒイラギの落ち着いた物言い。
どうやら彼も平常心を取り戻したらしい。
良かったと思い安心した。
ヒイラギが返して来た。
「迷惑をかけたな」
かえって神妙なのは気懸かりでもある。
部屋を出て、階下の食堂に向かった。
ここからの声が廊下に大きく響いていた。
入ると、珍しい顔ぶれがいた。
胡璋や朱郁を含む五人の家臣が夕食に同席していた。
上座の劉桂英が直ぐにマリリンに気付いた。
「大丈夫なの」
マリリンは頭を軽く下げて拱手をした。
「ご心配をおかけしました」
「隣においでなさい」
桂英と醇包の間にマリリンの席が用意され、ご馳走が並んでいた。
「無駄にならなくて良かった」と醇包。
マリリンは、みんなを見回して挨拶し、席に着いた。
桂英が笑顔で言う。
「時間が遅くなったから、食事しながら今日の報告を受けていたの」
酒も振る舞われ、すでに家臣二人が酔っていた。
胡璋も顔が赤い。
彼等の気楽な様子から、報告が終わったと見て取った。
桂英が手短に説明してくれた。
それによると、刺客三人は捕らえる際に手荒く扱ったせいで、身体のあちこちを痛め、
尋問出来る状況にはないそうだ。
幸い内通者を無傷で捕らえていたので、その者から内情を聞き出すことが出来た。
「マリリン暗殺は太平道を率いる張角の命令ではなく、
徐州での布教を任された者達の判断である」と。
それは事実だろう。
マリリンが拾われた日から数えたとしても、
太平道の本拠、冀州と徐州の間を往復するには日数があまりにも足りなすぎた。
マリリンは恐縮した。
「私の為にご迷惑をお掛けしました」
すると醇包が笑う。
「マリリン殿が気にする必要はない。
狙われたのは確かにマリリン殿だが、それはこの邑で太平道を布教するのに、
マリリン殿の評判が邪魔になるからだ。
連中の最終目的はこの邑。
だから何も気にする必要はない」
醇包の口調に余裕が感じられた。
太平道相手にどういう根拠から来る自信なのだろう。
相手を過小評価しているのか。
「この時代にはテレビもネットもない。
正確な情報を得られないのは仕方ないことだ」とヒイラギ。
そうかも知れない。
マリリンは後漢末期の歴史に詳しい。
と言うか、三国志に詳しい。
だから太平道が起こす黄巾の乱の広がりを知っていた。
比べて同時代に生きる者達は正確な情報が入手出来ないので、
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それはそれで致し方ないだろう。
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