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京都つれづれなるままに

京都好きの旅日記。お寺、神社、グルメからスイーツまで!思いつくままに。

東寺(教王護国寺)の新緑

2021年05月26日 08時48分00秒 | 日記
 東寺の始まりは都が延暦13年(794)平安京へと遷都された2年後に造営が始まった官寺です。





弘仁14年(823)に嵯峨天皇より弘法大師空海に下賜されます。


国宝の金堂です。
今の金堂は豊臣秀頼の発願、片桐且元を奉行に慶長8年(1603)に完成した桃山時代を代表する建築物です。



内部には薬師三尊がお祀りされ、薬師如来坐像の台座の周りには十二神将がお祀りされています。共に重要文化財です。



重文の講堂です。
弘法大師空海が真っ先に建設に取り掛かったのが講堂です。







内部には大日如来を中心にした立体曼荼羅と言われる真言宗密教の世界観が諸仏により表現されています。
15躰の仏像の内、10躰が国宝です。





また、内陣を御守りする四天王像、帝釈天像、梵天像の6躰も国宝です。





国宝の五重塔です。
京都タワーと並び京都のランドマーク的な存在です。
現在の建物は五代目で正保元年(1644)徳川家光による寄進で建設され、相輪までの高さは約55mあります。



初層内部には心柱を大日如来に見立てた五智如来の世界観が表されています。








境内にある国宝の大師堂です。
最近に屋根の葺き替えが終わっています。
もとは弘法大師空海の住房で内部には空海の念持仏と言われる国宝の不動明王像と国宝の弘法大師造営が安置されていますが不動明王像は秘仏で今まで公開された事はありません。






この後、東寺の宝物館を見学し、西側を散策しました。





平安京の入口に当たる羅城門跡です。
今は公園になっていて石碑以外には当時の痕跡は全くありません。



羅城門の楼上にお祀りされていたと言われる国宝の兜跋(とばつ)毘沙門天立像です。







さらに西側には西寺跡があります。
東寺が弘法大師に下賜されたとほぼ同時期に守敏に下賜されましたが衰退し、今は公園となり石碑と数個の伽藍石が残るのみです。

なお、諸堂内部、仏像の写真は絵葉書及びネットからの転載です。









四天王寺 聖徳太子御遺跡⑨

2021年05月26日 08時13分08秒 | 日記
 四天王寺は今から1400年以上も前の推古元年(593)に建立された我が国最初の官立寺院です。







伽藍は中門(仁王門)、五重塔、金堂、講堂が一直線に並び、それらの諸堂を回廊が囲む"四天王寺式伽藍配置"で最も古い建築様式のひとつです。



境内にお祀りされている守屋社です。
崇仏派の蘇我馬子、聖徳太子と廃仏派の物部守屋とが戦い前者が勝利しています。





再建される前の五重塔の内部です。
北側の扉が開けられていましたがアクリル板の反射でよく見えません。

五重塔の再建は苦難の連続でした。



昭和9年(1934)に近畿地方を直撃した室戸台風により倒壊、昭和15年(1940)に再建されました。



しかし、昭和20年(1945)の大阪大空襲により五重塔をはじめ諸堂のほとんどが焼失しています。

現在の金堂内です。





次に講堂です。






十一面観音菩薩立像をはじめ、阿弥陀如来坐像がお祀りされています。

西門前にある石の鳥居で、重要文化財です。





中心伽藍だけでは無く、広い境内には様々なお堂が建っています。













また、有料ですが本坊庭園も見る事が出来ます。













最後の"六角亭"は明治36年(1903)に開催された第五回内国勧業博覧会て「小奏楽堂」として建てられたもので唯一、現存しているもので国の登録有形文化財です。


阿弥陀堂の奥は"あべのハルカス"です。





また、境内には聖徳太子を慕う弘法大師空海や親鸞、元三大師良源のお堂もあり庶民にも広く親しまれている"四天王寺さん"でもあります。

最後に御朱印を授与して頂きました。