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人はパンだけで生きるにあらず、神の言葉により生きる

イエス・キリストの福音をぜひ知って頂きたい

もはや世に属さず。

2016年09月15日 | お気に入りの言葉

  わたしは彼らに御言葉を伝えましたが、世は彼らを憎みました。わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないからです。ヨハネによる福音書一七章一四節

 キリストと弟子たちの関係、それは御言葉を介してのものであります。

御言葉が語られ、それが聞かれている、その一点にキリストと弟子たちの結びつきあるのです。その品性や性格によって弟子は弟子であるのではありません。

 主が語り、弟子たちが聞いている、そこに新しい世界が現出しているのです。

 小島誠志著 「朝の道しるべ 聖句断想 366日」より

 


労苦と欲望。

2016年09月14日 | お気に入りの言葉

 労苦する者を労苦させるのは欲望だ。箴言一六章二六節
 生きることに労苦が多いのは確かです。しかし労苦のすべては外から来るとは限りません。
いや人を打ちひしがせる労苦は、しばしば自分の中から発しているのです。欲望から。
 その一事に気づかせてくれるもの、それが信仰です。
 小島誠志著 「朝の道しるべ 聖句断想 366日」より


一筋の心。

2016年09月13日 | お気に入りの言葉

 御名を畏れ敬うことができるように、一筋の心をわたしにお与えください。詩篇八六篇一一節
 ここで「心を悩ます」というのは、うらやんだり、怒ったりすることであります。
「一筋の心」とは、神に向かう心です。
試練の時も、悩みの日も、神に向かうのです。
誘惑にさらされた時も、罪に落ちた日も、逃げないで、神に向かうのです。
厚い雲のはざまから、光はやがて射し初めます。
 苦難のヨブは嘆きましたが、神に向かって嘆きました。
怒りましたが神に向かって怒りました。涙は神の前で流しました。
気がつくと神の大きな手の中に、彼はいました。
 小島誠志著 「朝の道しるべ 聖句断想 366日」より


悪。

2016年09月12日 | お気に入りの言葉

 悪をなす者のゆえに、心を悩ますな。詩篇三七篇一節(口語訳)
 ここで「心を悩ます」というのは、うらやんだり、怒ったりすることであります。
人は悪を行う者に対し、怒りすぎて足をすくわれるのであります。
こだわり続けるより、自分のなすべき善を行うこと。
 悪にいらだって悪を克服することはできません。
 小島誠志著 「朝の道しるべ 聖句断想 366日」より


孫の成長に感謝。

2016年09月11日 | 日記

昨日は、赤碕中学校の運動会。
孫の100メートル競走を観戦。
力強くなった走り姿に感謝。
最近の中学校の運動会では、学生も家族と一緒に昼食とるらしい。
小学校の運動会なら当たり前だが、我々の時代には考えられなかったこと。


感謝感謝の日々。

2016年09月09日 | 日記

退職してから五年が過ぎた。
あっという間の五年間で、実感としては二年間位の感覚。
とにかく時間が経つのが早い。すぐに人生が終わってしまいそう。
最近は、ソフトバレーに熱中、楽しんでいる。一応健康で、感謝感謝の日々。


後で。

2016年09月08日 | お気に入りの言葉

 わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになるヨハネによる福音書一三章七節
 愛は、それが深いものであるほど、「後で」わかるようになるのであります。後になればなるほど、それはわかってきます。
 十字架の恵みは、生涯にわたってしだいに弟子たちの身にしみるものになりました。
 すぐにわかつてもらえない働きに失望してはなりません。
  小島誠志著 「朝の道しるべ 聖句断想 366日」より


御名を呼ぶ。

2016年09月06日 | お気に入りの言葉

 主の御名を呼ぶ者は皆、救われる。ヨエル書三章五節

 「主の御名を呼ぶ」というのは、となえるということではありません。

助けを求めて声を上げるのであります。赤ん坊が泣いて母親を呼ぶように。

 御名を呼び続けることによって人は救われるのであります。

呼ばないでもやっていけると思うこと、それが人間の最大の誘惑です。

小島誠志著 「朝の道しるべ 聖句断想 366日」より


善を求めよ。

2016年09月05日 | お気に入りの言葉

 善を求めよ、悪を求めるな・・・・。アモス書五章一四節
 何を求めて生きるかが大切なことであります。
 つまずいたっていいのです。
 失敗したっていいのです。
 求めるものの高さによって、
 その人間の人格は形成されるのです。
  小島誠志著 「朝の道しるべ 聖句断想 366日」より


無知の言葉。

2016年09月04日 | お気に入りの言葉

 無知の言葉をもって、 神の計りごとを暗くするこの者はだれか。ヨブ記三八章二節(口語訳)

 人の知恵は、小さな軌道を回っている惑星に似ています。

 神のはかりごとは、計り知れない大きな軌道を描いて、思いがけない視野をわたしたちに与えてくれます。

 性急な、小賢しい結論をしばらく措いて、神にゆだねてみることが必要です。

 小島誠志著 「朝の道しるべ 聖句断想 366日」より


あやかる。

2016年09月03日 | お気に入りの言葉

  もし、わたしたちがキリストと一体になってその死の 姿にあやかるならば、その復活の姿にもあやかれるでしょう。ローマ信徒への手紙六章五節

 「あやかる」というのは、自分のしたことのないのにその成果をいただいく、という意味であります。

 キリストの死に「あやかって」わたしたちは罪と死の問題を克服しました。キリストの復活に「あやかって」わたしたちも新しい命に復活しました。

 わたしたちが死を賭して罪と闘ったわけではありません。自力で死の縄目から脱出したわけではありません。キリストの御わざに「あやかって」いるのです。「あやかって」、救いをいただいているのです。

小島誠志著 「朝の道しるべ 聖句断想 366日」より

 


時がある。

2016年09月02日 | お気に入りの言葉

 泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり、・・・・・。伝道の書三章四節(口語訳)
 生きていれば泣くしかない時があります。しかし、また笑う時もあります。
 悲しみに閉ざされる日がありますが、踊りたくなる日もあります。
 悲しみがどんなに深くても、それを絶対化してはならないというのです。
 喜びも悲しみも共に生き抜いて、初めて、より深い人生の、神の真実を知ることになるのです。
  小島誠志著 「朝の道しるべ 聖句断想 366日」より