人はパンだけで生きるにあらず、神の言葉により生きる

イエス・キリストの福音をぜひ知って頂きたい

幸福の探求

2019年03月31日 | お気に入りの言葉

 「幸福の探求」について、たくさんの本が今までに書かれています。 それは当然のことです。哲学者も、教育家も、医者も、人間は幸福でなければならないことを常に認めています。  人類はいろいろなことにより、いろいろな方法によって、幸福を求めて来ました。 私たちは、学問、訓練、平和、戦争、愛、金銭、友人、孤独、ときには自分から貧しくなることによって、幸福を求めてきました。  ほとんどの人は、幸福をもたらすもののためなら働きますし、幸福になるなるためなら、なんでも犠牲にしようと思います。 聖書は長い間忍耐をもって、罪が不幸をもたらし、ただ罪ゆるされ、きよい良心をもって神の御前に出るときにのみ、幸福があると説いてきました。 私たちの大部分はなんとかすれば、罪の問題から身をかわして、他の方法によって幸福に到達する道を見つけることができると思っています。  しかし、人類の歴史は、聖書が「そのとががゆるされ、その罪がおおい消される者はさいわいである」(詩篇三二・一) と言うとき、そのページに心から「アーメン」と書きしるすのです。

 ポールB.スミス著 山口昇訳 日ごとの福音より

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子供のようになりなさい。

2019年03月30日 | お気に入りの言葉

   貧しい子供のしるしは、いつも新たに父の所に来て、自分の願い事を言い、 父にせがむことです。まことの父のしるしは、信仰をもって願い求めることを 喜びとすることです。父と子との真の関係はそのようなものです。神は私たち にこうした関係を待ち望んでおられます。子供のようになりなさい。そうすれ ばあなたも父の愛、助けや賜物をあふれんばかりに体験するでしょう。天国と そのすべての宝は神の子らのものとなります。

 M・バジレア・シュリンク著 「愛のまなざし 神の子の日ごとのよりどころ」より 

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絶対信頼(十字架の第七言)

2019年03月29日 | お気に入りの言葉

「父よ我が霊を 御手にゆだぬ」 時は午後三時 太陽は光を失い 闇夜のように暗く 宮の幕は真中から 二つに裂けた。

祈りで始まった主の 十字架の七つの 言葉の最後もまた 祈りによって終った。 絶対信頼の言葉。

最初から最後まで 「父よ」と信頼し 共に生き 救いの大業を成就して 今は只、すべてを神に 委ねし主の姿。

大声で叫ばれた この言葉、勝利の 凱歌、救いの完成 茜さす夕空に 悠然と輝く 光芒を放って 沈み行く壮厳さ! 我らも人生の 終わりだけでなく 何時も叫ぼう 「父よ我が霊を 御手にゆだぬ」と。

中山吾一著 「一日一詩 永遠の旅」より

 

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救いの完了(十字架上の第六言)

2019年03月28日 | お気に入りの言葉

「我が事了れり」と 主は十字架の上から 叫ばれた。全人類の 救いが完了した 神の愛の表示である。

神は神として世に 来らず、人と交わる ことがなければ 我らの救われる 道はない。ここに

主の受肉降世の 尊い秘義がある。

我らが水の洗礼で 救われるということは 主が十字架上で 血のバプテスマを 受けて下さった 恵みによるのである。

主は受肉降世の 大使命、全人類の 救いという大業を 完成して下さった。 感謝しよう、讃えよう 十字架の救いの 完了を。

中山吾一著 「一日一詩 永遠の旅」より

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我渇く(十字架上の第五言)

2019年03月27日 | お気に入りの言葉

「我渇く」との 御言葉、六時間の 長い間、悪魔との 戦いによって、忘れて おられた主イエスが 救いを完成して後に 経験された 人としての自然の 肉体の要求だった。

主のこの言葉は 無限の慰めを我らに 与えてくれる。そは 我ら罪人の苦悩を 知り、我らを慰め 助けて下さる、確かな 証拠だからである。 主は肉体の渇き だけでなく、我らの 愛に渇いておられる。 我らの態度、忠誠を 求めて渇いて おられる。主の求めに 我らは感謝して答えたい。

中山吾一著 「一日一詩 永遠の旅」より

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エロイ、エロイ(十字架上の第四言)

2019年03月26日 | お気に入りの言葉

エロイ、エロイ、ラマ サバクタニ、「我が神 我が神、何ゆえ我を 見捨てたまいし」とは 主イエスの悲痛な 叫びであった。

神とともに在り、神 から離れたまいし ことのなかった主がなにゆえ この叫びをなさったか。 我らを神につれ帰る ためだった。

罪とは神から離れること 悪魔の努力は そこにある。 人間イエスは我らと 同じように、十字架 上で、悪魔と戦う。

この悲痛の叫びが ありし故に 主が 我らの悲痛を感じ なさる神なる人 人なる神である証 エロイ、エロイ 尊いな!

中山吾一著 「一日一詩 永遠の旅」より

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愛・母、母・愛(十字架上の第三言)

2019年03月25日 | お気に入りの言葉

愛、母、愛、母。 世にこれ程尊い 言葉があるだろうか。 群衆は主を ののしり、御弟子らは ヨハネを除いて 皆逃げたのに。 母マリヤと女弟子は 泣きつつ十字架の 下に立っていた。

苦難の十字架の主を 見上げた母マリヤの 心はどんなであったか。 「剣汝の心を貫くべし」 とのシメオンの預言は この事実ならん ああ悲痛の極み。 自らの苦痛を訴える 代りに、母の身の上を 思いやりたもう、主の 心の愛の深さ。 「子よ、これ汝の母なり」 とヨハネに。「女よ (母よ)これ汝の子 なり」と、母を慰め 思いやりたもう主。 ヨハネに母を与え 母にヨハネを与え 凡てを与え尽くした。 主は愛を与える事だと 無言の教えを 久遠に人に 示された。嗚呼!

中山吾一著 「一日一詩 永遠の旅」より

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救い(十字架上の第二言)

2019年03月24日 | お気に入りの言葉

ゴルゴタの丘の上に
三つの十字架が
立った。主を真中
に、二人の強盗。

「主よ、御国に入り
たもう時、我をおぼえ
たまえ」と一人の
悔改めた強盗は
一心に哀願した。

「汝、今日我と共に
パラダイスに在る
べし」と主は答え
死の間ぎわにも
彼は救われた。

過去の行為や行跡が
人間の死後を
決定するなら
犯罪人にパラダイス
はない筈だ。

信仰は奇跡を
引き起こす。救われし
罪人の歓喜やいかに。
十字架は天国
への門となった。

功なくして、信仰に
よって義とせられる
これを福音という。
これこそ神の
恩寵なのだ。

中山吾一著 「一日一詩 永遠の旅」よ

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赦罪(十字架上の第一語)

2019年03月23日 | お気に入りの言葉

赦罪!
反逆者の
無知の敵をも赦し
祈って下さる
大きな神の愛
「父よ
彼らを赦して下さい。
何をしているか
知らないのですから」。

「十字架につけよ」
と叫ぶ群衆
悪魔にあやつられ
衆愚化し
騒ぎまわっている
に過ぎない気の毒な
人の子らのために
赦罪の祈りの主を
仰げ!

「敵を赦せ」と教え
血みどろの苦悩の
十字架上で
敵を赦し
愛し、祈りたもう
主イエス
これ最高の道徳
尊し、仰げ
赦罪の主の
十字架の御姿を!

中山吾一著 「一日一詩 永遠の旅」より

 

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あなたはわたしの右の手を保たれる。

2019年03月22日 | お気に入りの言葉

   あなたはわたしの右の手を保たれる。 (詩篇七三・二三)

 ひとりの旅行者が、案内人のあとに従って、アルプスの高所を進んでいた。
やがて、道が非常に狭くなっている所に来た。道の片側からは岩が突き出ており、
他の側は深い絶壁になっている。案内者はその難所を通り過ぎ、それから、一方の手で岩につかまり、
もう一方の手を絶壁の上に伸ばして、旅行者がそれを握って突き出ている岩を回って通過できるようにした。
旅行者はためらった。しかし、案内者は叫んだ。
「私のこの手は、これまでにただひとりの人命をも失ったことがないのです」。
 旅行者は、その手を握って、すぐに、その危険な箇所を安全に通過することができたのであった。

 私は主にすがりついたり
 祝福を受けようと争ったりしない。
 主が私の手を単純に
 ご自身の御手の中に取って下さり、
 私は自分の手をそこにいこわせる。
 私はそのために
 どんな小道も恐れない。
 そしてねどんな荒海でもあえて行く。
 私の手を握って下さるかたが
 私の旅を安全にして下さるからだ。

 愛する主よ、
 私の手を握って下さい、
 私の手を握って下さい。
 
 L・B・カウマン著 「山頂をめざして」よ

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富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい

2019年03月21日 | お気に入りの言葉

   イエスは更に言われた、「子たちよ、神の国にはいるのは、なんとむずかしいことであろう。
富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。(マルコ一〇・二四b―二五)

 父なる神さま。私たちの主であるみ子イエス・キリストは、すべての富を所有したもう主であるにもかかわらず、
私たのために貧しく小さき者となりたまいました。
それゆえ、私たちに、小さき者となって主に従い、主に従い、主に見倣うことを教えて下さい。
私たちはまことに貧しくて小さい者でありますから、己れ自身の貧しさ、また小ささに立ち帰ることができますように、
み言葉とみ霊によって導いてください。
 まことに私たは思い上がり、ふくれ上がり、針の穴を通ってあなたのみ国に行くにはふさわしくありません。
父なる神よ、私たちを日ごとにへり下らせ、生涯をかけて清貧を修練して、ついにみ国に入ることができるよう、
最後まで支えてください。主イエス・キリストのみ名によって。 アーメン

「われらの祈り」 日本基督教団出版局編より

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あなたの道を主に委ねよ。

2019年03月20日 | お気に入りの言葉

      あなたの道を主に委ねよ。また主にあってくつろげ。
   そうすれば(私たちが委ねたまさにそのことを)主は、なしとげて下さる。詩篇三七5(ダビット・コーウ゛ィ訳)

 彼女の人生の状況を、彼女は変えることはできませんでした。
しかし、それを主のところへ持って行き、主の御旨のままにとおまかせしました。
その時、主が受け入れて下さったと信じて、彼女はすべての責任、心配、願望を主のもとにまかせました。
心配が戻ってくる度に、主のもとにもっていきました。
その結果は変わりませんでしたが、彼女の魂はその状況の真ん中で、完全な平安を保つことができました。H・W・S
 主に従う者かどうかの判断のしるしは、失望によって弱気になったり、頑固になったり、不機嫌になったり、絶望したりしないことである。

カウマン夫人著 「日の出に向かって」より

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神が導かれる道を愛しなさい。

2019年03月19日 | お気に入りの言葉

   訓練の道、懲らしめの道、しばしば神の似姿に変えられ、栄光の目標に達したいと願う私たちの祈りに対する答えです。
その時こそ、主はあなたが祈り求めた目標へと導いておられるのです。
楽な道は、あなたをその目標に至らしめないでしよう。そうでなければ、神はその道をお選びになったはずです。
 神が導かれる道を愛しなさい。その道はあなたの答えであり、あなたに最大なもの、すなわち栄光をもたらしてくれるからです。

 M・バジレア・シュリンク著 「愛のまなざし 神の子の日ごとのよりどころ」より

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恐れ

2019年03月18日 | お気に入りの言葉

   たとえどんな種類の事柄でも 、そのことであなたが恐れを感じるかぎり、
その事柄に関してあなたの内部にまだ欠けている何かがあるわけで、
これはぜひ取りのぞかなければならない。
恐れるということが、悪人やなまぬるい人間の弱みである。
彼らは一生のあいだ恐れをのがれることができない。
さもなければ、彼らは「光の子らより利口」(ルカによる福音書一六の八)であって、多くの点で光の子らにまさるであろう。
しかしね恐れるところが悪人らの弱点であり、われわれはそれを計算にいれて決してまちがいない。
そこでツィンツェンドルフは彼の讃美歌の一つで、鋭い人間知の持主としてこう歌っている。

 神に従う生活をしない者は、
 ただ恐れにばかり支配される。

 よく観察すれば、あなたはつねにこの言葉通りだと知るであろう。
これはさかさまに言っても同じである。
 あまりに小心で、人間恐怖で一ぱいの信心家などというのは、およそその名にふさわしくない人だ。
こういう人はまだこの世と断っていないのだから、恐怖をいだくのも当然である。

ツィンツェンドルフ(一七○○-六○)、敬虔主義的な同胞教会の設立者、「心の宗教」主唱。

眠られぬ夜のために ヒルティ著より

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自分でものを考え、自分の意見をもつ人

2019年03月17日 | お気に入りの言葉

   自分でものを考え、自分の意見をもつ人がもっと数多くいさえすれば、世の中はかぎりなく良くなるであろう。
たとえこのような人が反対者になっても、彼らの意見の誤りを納得させることができるので、その考えを改めさせられもする。
ただひとのまねをしているだけの者は、てんで自分でものを考えようとしないから、説き伏せることもできない。
 このことを少しちがった言葉でロックは次のように言っている。
「世の中に間違った意見というものは、一般に考えられているほど多くはない。
というのは、たいていの人は意見などまるで持たないで、他人の意見か、ただ噂や世評などの受売りで満足しているからだ。」
あなたはそんな仲間に加わってはならない。

眠られぬ夜のために ヒルティ著より

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