人はパンだけで生きるにあらず、神の言葉により生きる

イエス・キリストの福音をぜひ知って頂きたい

わたしが老いて白髪になっても神よ、どうか捨て去らないでください

2012年02月29日 | お気に入りの言葉

  荒野の泉2 カウマン夫人著より
 私たちのうちにある天国が、
いよいよ大きくなるのですから、
いつまでも老人になれないのです。
   そして年月の流れのと共に、
いよいよ栄誉を受けるのですから、
喜んで年齢を加えていただこう。
   年月の流れと共にいよいよ安らかになるのですから、
感謝しつつ年齢を加えていただこう。

   命の泉が湧き出ているのに、
年齢に負けてはいけません。
私たちは、依然として神に奉仕できるのです。
   ガートルード・コックレル

   詩篇71:18
  わたしが老いて白髪になっても
神よ、どうか捨て去らないでください。御腕の業を、力強い御業を
来るべき世代に語り伝えさせてください。

 

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過去のことは、関係がない 神の栄光の現れるため

2012年02月28日 | お気に入りの言葉

  ヨハネによる福音書9:1-3
 生まれつきの盲人をいやす
 さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。
弟子たちがイエスに尋ねた。
「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。
本人ですか。それとも、両親ですか。」
 イエスはお答えになった。
「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。

生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか」の問いに対して、
イエスは、「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない」
過去のことは、関係がないと言われる。
「神の業がこの人に現れるためである」
 そしてこの人に神の業である奇跡(盲人の目が開く)が、現れると言われる。
あらゆる不幸があるが、これも神の業(栄光)が現れる為か。

 

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「苦しみ」「悲しみ」が主人公ではなく、「主」が主人公

2012年02月27日 | お気に入りの言葉

   きょうを生きる言葉 一日一篇 大宮薄・小塩トシ子・関正勝・深田未来生編より
 神の訓練 澤正彦
   私達は、自分達がうけている悲しみ、苦しみそれ自身の中にまきこまれる時、
耐えがたく、弱り果てて意気阻喪してしまいます。
そのような者にまったく異なる次元からこの同じ試練を負うようにとの御言葉がここにあります。
それが「主の愛」「主の訓練」であります。
「苦しみ」「悲しみ」が主人公ではなく、「主」が主人公なのです。
神の愛は、愛する者をためし、訓練し、神の「きよめにあずからせるために、そうされる」のです。
・・・・・・・もちろん「すべての訓練は、当座、喜ばしいものと思われず、むしろ悲しいものと思われる」(11節)
ことでしょう。しかし、最後まで、神の愛と神の訓練を信じて生きる者のみが、後の「平安な義の実」(11節)
を得ることでしょう。

 ヘブライ人への手紙12:10
  肉の父はしばらくの間、自分の思うままに鍛えてくれましたが、
霊の父はわたしたちの益となるように、
御自分の神聖にあずからせる目的でわたしたちを鍛えられるのです。
およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、
後になるとそれで鍛え上げられた人々に、
義という平和に満ちた実を結ばせるのです。

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弟の墓参り 花見潟墓地

2012年02月26日 | 

 


 今日は、弟の勤めていた大学(鳥取短期大学)より学長さんをはじめ5名の方が墓参りに来られた。
寒い中、感謝である。
   我が家の墓は、琴浦町の花見潟墓地にある。
海岸沿いに約2万個の墓が東西約350メートルに渡って連なり、西日本では最大級の規模と言われている。
墓参りをしていても壮大で誇らしい気になる。
  私も、しばらくすればここに葬られることになるが、
この景観の中、孫などが墓参りする姿が目に浮かぶようだ。
  しかし、この景観は、いつまでも続くのだろうか。
津波でも来れば、どうなるのか、すべて跡形なく流されてしまうかもしれない。

  2コリント人への手紙4:18

  わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。
見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。

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木の周りを掘って肥料をやってみます。

2012年02月25日 | 日記

 

 

  ようやく暖かくなってきた。昨日から運動を兼ねて畑にでている。
果樹(柿、いちじく、八朔、ビワ等)の肥料をやる為、木の周りに穴を掘っている。
 いちじく、八朔は昨年の暮れに植えたばかりである。
実がなるのは、いつのことやら、期待してとりあえず肥料を。

    『実のならないいちじくの木のたとえ』
ルカによる福音書13:6-9
「ある人が、自分のぶどう園にいちじくの木を植えておいた。
ある日、その実を探しに行ったが、一つも見つからなかった。
そこでぶどうの番人に言った。
『わたしは三年このかた、このいちじくの実を捜しに来ているのに、一つも見当たらない。
切り倒しなさい。なぜ、土地をむだに使っているのか』と。
すると番人は答えた。『ご主人様、今年もう一年、このままにしておいてください。
木の周りを掘って肥料をやってみます。
そうすれば来年は実を結ぶでしょう。もし、それでも結ばなければ、切り倒してください』」

  忍耐される神に感謝。時は限られています。悔い改めなければ滅びると言われてます。

 

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求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。

2012年02月24日 | お気に入りの言葉

  シスター鈴木秀子の愛と癒しの366日より
 心の中で思い続けること
アインシュタインはこう言いました。
  「ニュートンは、リンゴの落ちるのを見て引力を発見したといわれるが、
目で物を見ているだけでは、何も発見できないのです。
   心の中で、引力というものがなければならないと考えたり、
実験したりしているところへ、たまたま、リンゴが落ちるという現象にぶつかったり、
一種のインスピレーションを受けたのです。」
  あなたも「こうなって欲しい」と思うことがあったら、それを大切に心にしまい、
ときどき、そのことを思いめぐらしてみましょう。


 マタイの福音書7章7~11節
 求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。
たたきなさい。そうすれば開かれます。だれであれ、
求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。
   あなたがたも、自分の子がパンを下さいと言うときに、だれが石を与えるでしょう。
また、子が魚を下さいと言うのに、だれが蛇を与えるでしょう。
してみると、あなたがたは、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。
とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が、
どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう。

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偉人とは小事に忠実なる人 小事に忠実な人は、大事にも忠実である。

2012年02月23日 | お気に入りの言葉

  続一日一生 内村鑑三著より
  偉人とは大事をなす人であると思うは大なるまちがいである。偉人とは小事に忠実なる人である。
小事に忠実なるがゆえに、その小事が積もりて、彼をして大ならしむるのである。
小人他なし、虚偽(いつわり)の人である。万事をごまかす人である。
何事をも完全になさんと欲してその事を努めざる人である。
ゆえに彼は生涯を費やして一事をも成就(じょうじゅ)し得ないのである。
偉人たらんと欲するか?はなはだ容易である。
すべてなんじの手に来る事は、力を尽くししてこれをなすべしである(伝道の書九・一〇)。
誠実その事が偉大である。誠実をもって万事に当たりて、何びとも偉大たらんと欲するも得ない。
世にいまだかって誠実ならずして偉大なりし人のあったことはない。(信二三・二二)
 
 ルカによる福音書16:10
小事に忠実な人は、大事にも忠実である。そして小事に不忠実な人は大事にも不忠実である。

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神がお考えになり、神がお書きになります。

2012年02月22日 | お気に入りの言葉

 マザー・テレサ 日々のことばより
  私は、自分が、特別な素質を持っているとは思いません。
私はこの仕事に対して何も要求はしていません。
 これは神のみ業なのです。
私はただ神の手の中の小さなエンピツに過ぎません。
ほんとうに、ただそれだけです。
神がお考えになります。
神がお書きになります。
私というエンピツはそれに対して何もすることはありません。
エンピツは、ただ使っていただくことを
許されているだけなのですから。

 ルカによる福音書17:7-10
  あなたがたのうちのだれかに、耕作か牧畜かをする僕(しもべ)があるとする。
その僕が畑から帰って来たとき、彼に『すぐきて、食卓につきなさい』と言うだろうか。
かえって、『夕食の用意をしてくれ。そしてわたしが飲み食いをするあいだ、帯をしめて給仕をしなさい。
そのあとで、飲み食いをするがよい』と、言うではないか。
僕が命じられたことをしたからといって、主人は彼に感謝するだろうか。
同様にあなたがたも、命じられたことを皆してしまったとき、
『わたしたちはふつつかな僕です。すべき事をしたに過ぎません』と言いなさい」。

 

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はじめての確定申告 e-taxで挑戦 リタイア

2012年02月21日 | 日記

 確定申告をe-tax(電子申請)でしようと、住民基本台帳カード、ICカードリーダライタを用意し挑戦。
昨日は、朝から夕方までパソコンと格闘。
しかし、結局はリタイア。
 今日は、琴浦町役場分庁舎に相談に行って来た。
申告の為に色々と書いたり、倉吉税務署まで行ったりせねばと思っていたら、
なんとその場で30分位で申告終了。
 税務課の担当の人の言われるままに証明書を提示すれば、その人がパソコンに入力、あっという間に完了。
これまでの悪戦苦闘を思うと、笑ってしまった。
 そもそも、はじめての確定申告(今まではほとんど会社まかせ)を、e-taxでしようとしたことが間違っていたようだ。
特に、昨年は、退職したため申告項目も多くなっていた。
ただし来年は、再度e-taxに挑戦しようと思う。
(住民基本台帳カード、ICカードリーダライタを入手した経費3千円がムダになる)

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あなたは、他人がすると良いと思わないのに、自分がするといかにも良いと思うことがありませんか。

2012年02月20日 | お気に入りの言葉

  荒野の泉2 カウマン夫人著より
 あなたは、他人がすると良いとは思わないのに、
自分がするといかにも良いと思うことがありませんか。
 わたしたちは、人がそのやり方に固執すると頑固だと思うのに、
自分だとしっかりしているように思えるのです。
 誰かが、あなたの友人を嫌うと偏見と思うのに、
あなたがその友人を嫌う時は、人を見る目があるとからと思うのです。
 人が十分に時間をかけていると、のろまに見えるのに、
あなたがすると慎重に行動していることになるのです。
 人の金使いの荒いのを見ると、放蕩者と思うのに、
あなただと気前が良いような気がするのです。
 他人が柔和だは弱々しく見えるのに、
あなた自身だとおうように思うのです。
 人が物事をぶちこわすと、ごろつきのように思うのに、
自分がしている時は、力強く感じるのです。

 フィリピ信徒への手紙2:4
めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。
 わたしたちは、人がそのやり方に固執すると頑固だと思うのに、
自分だとしっかりしているように思えるのです。
 誰かが、あなたの友人を嫌うと偏見と思うのに、
あなたがその友人を嫌う時は、人を見る目があるとからと思うのです。
 人が十分に時間をかけていると、のろまに見えるのに、
あなたがすると慎重に行動していることになるのです。
 人の金使いの荒いのを見ると、放蕩者と思うのに、
あなただと気前が良いような気がするのです。
 他人が柔和だは弱々しく見えるのに、
あなた自身だとおうように思うのです。
 人が物事をぶちこわすと、ごろつきのように思うのに、
自分がしている時は、力強く感じるのです。

 フィリピ信徒への手紙2:4
めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。

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人間の空しい哲学はいらない 神の啓示の書が欲しい

2012年02月19日 | お気に入りの言葉

  荒野の泉2 カウマン夫人著より
 魂の叫びを静めるために
試験済みの確かなものが欲しい。
推測などに基づいた、
人間の空しい哲学はいらない。
信仰の土台とするために、神の啓示の書が欲しい。
文学に出てくる亡霊や、
大きな欠落の書物はいらない。

   この物質世界の先から響いてくる
静かな確信が欲しい。
私にも信頼できる、
永遠からのみ言葉が欲しい。
・・・・・・・・・・・
  永遠は広々としているのに、
この朽ちる生命は瞬く間だ。
人間のへりくつに振りまわされて、
魂を失うことになりたくない。

   神のみ霊によって記された、
聖なる書を返して下さい。
シンボルを使ったものや偽りの作り話はもう結構。
M・D・クレイバーン

  2テモテ三章16節
 聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。

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大雪の中、孫に励まされ柔道練習

2012年02月18日 | 柔道

  今日は、朝からずっと雪が降り続いていた。
道路にもかなりの圧雪があり、気温も2℃位しか上がらず
柔道の練習に出かけて行くには気が進まなかった。
一緒に練習に行ってる孫に、「大雪だから今日は休もうか?」と言ってみたら
「春にある試合には出たいから行きたい」と言う。
  孫に励まされて、練習に行ってきました。
練習場の温度は、2℃、極寒の中、二人とも頑張りました。

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2012年02月17日 | お気に入りの言葉

  眠られぬ夜のために ヒルティ著より
  見えない世界を「信じる」ことによって歩くか、
それとも日常の世界を「見ること」によって歩くかにしたがって(コリント人への第二の手紙五の七)、
人生は非常にちがった相貌を呈することになる。
  われわれは同一の外的状況のもとで、絶望することもあれば、
また実に平安に、それどころか幸福でいることもできる。
信仰によって歩む場合、それにいくらか「想像」があずかることもあろう。
  しかし、目に見える事物は、本当に、それが見えているとおりのものであるだろうか。
いわゆる「現実の」世界に関しても、
われわれは、実は全くの謎と仮定の間に立っているのではなかろうか。

 コリント人への第二の手紙4:18
  私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留め ます。
見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。

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年老いて、体力も衰えはじめたならば、一体どうやって生きることができるのか

2012年02月16日 | お気に入りの言葉

  眠られぬ夜のために ヒルティ著より
 神への信仰を持たず、ただ自分の不確かな力と人びとの当てにならぬ助けを頼りにし、
また、世間で人生の楽しみとされていることだけを楽しみと心得て、
その結果、生活が半ば恐怖から、半ば気晴らしと自己欺瞞から成りたつというような人は、
いわゆる恵まれた境遇にあっても、特に年老いて、体力も衰えはじめたならば、
一体どうやって生きることができるのか、私にはよくわからなかった。
 私ならば、全く神を信じないよりは、せめて偶像をでも拝みたいと思うだろう。

 伝道の書  12 : 1
  あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、
「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に」

 

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 試みはどんなに厳しくとも、すべて善をもたらす

2012年02月15日 | お気に入りの言葉

  荒野の泉2 カウマン夫人著より
  神は、天国への旅をしている私たちに、徐々に深いところを経験させて下さるように思われます。
最初、試みの水の深さは、くるぶしまでです。
それから膝までになり、やがて腰までになり、泳げるようになるのです。
くるぶしまでの人には、試みを乗り越えて泳ぐことはとてもできません。
主が私たちの試みを加減して下さるとは、何と恵み深いことでしょう。
試みはどんなに厳しくとも、すべて善をもたらすのです。
W・M・ワーズワス

 コリント人への第一の手紙 10章13節
「神は真実な方ですから、あなたがたを耐えられないほどの試練に会わせることはないません。
むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」

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