人はパンだけで生きるにあらず、神の言葉により生きる

イエス・キリストの福音をぜひ知って頂きたい

健康を守るためにのみ生きる。

2015年02月28日 | お気に入りの言葉

   われわれは完全に健康でなければ、立派な仕事はできない、
だからなによりもまず、健康でなければならぬ、という見解を信じ込んではいけない。
これは今日、多くの良い人びとの迷信となっている。
ひと昔前には、ある種の病弱を天才のしるしと見なし、
頑丈な健康をかえって「凡庸」のせいだと考えたが、
現代では、逆に肉体のことをあまりにも気にしすぎる。
  病弱はすこしも善い事を行う妨げとはならない。
これまで最も偉大な仕事をなしとげたのは、むしろ病弱者であった。
それに、完全な健康をもっていると、必ずとはいわないが、精神的感受性の繊細を欠くようになることが実際少なくない。
あなたが健康にめぐまれているなら、神に感謝しなさい。
しかし健康でなくても、そのことにできるだけ心を労せず、また妨げられないようにしなさい。
たんに「健康を守るためにのみ生きる」という考え方は、教養ある人にふさわしくないものだと思うがよい。

眠られぬ夜のために ヒルティ著より

コメント

贈物。

2015年02月27日 | お気に入りの言葉

  人びとの交わりにおいては(従ってとりわけ教育の場合でも)、本当に大切なことは、相手の好意を得ることである。
ところが、このことは――残念ながらこう言わねばなるまいが――
実に大多数の人たちの場合、子供も大人も、未開人も文明人も、仰々しい挨拶や忠言などでよりも、
むしろささやかな贈物でもする方がうまく目的を達せられる。
贈物は、半ば、あるいはすっかり不和となった人たちの間でも、不思議に和解のはたらきをすることがよくあるものだ。
 贈物に一番適しないのは、花屋や温室で求めた嵩張った、したがって高価な花束である。
これはすぐ萎れて、もてあましものになる。
贈物として一番よいのは、もし季節がゆるすなら、
自分で摘んだ野の花の小さな花束か、庭でとった一輪のばらの花か、そのほかなにか日用の品などである。
まあ一度、そんなものでためしてみるがよい。

眠られぬ夜のために ヒルティ著より

コメント

川崎市の中学生殺人事件。

2015年02月26日 | 日記

  横浜市鶴見に住んでいた為、隣の川崎市はなじみ深いのところ。
隠岐の島も親戚がいて遊びに行った懐かしいところ。
又6年生の孫もミニバスケットとをしており、中学でもバスケット部に入るようだ。
他人事とは思えない。
   難しい問題であると思うが、二度とこのようなことが起きないことを願うのみ。
中学生の死が無駄にならないように。
早速、孫に、いじめられたら祖父母や家族のものに話すように助言したが・・・・・。

コメント

理は寒梅の似し。

2015年02月25日 | 日記

   数年前に、買った梅の鉢。
以前の雪で枝が折れて、小さくなったが、今年は見事に花開く。
ある詩を思い出す。

真理は寒梅の似し敢えて風雪を侵して開く
(しんりはかんばいのごとしあえてふうせつをおかしてひらく)


 

コメント

女性の長寿の秘訣。

2015年02月24日 | 日記

  赤碕地区公民館で行われている「元気になる体操教室」に二度目の参加。
参加者は、男性は二人に対して女性は十数名。
色々な教室に参加してみて感じること。女性が圧倒的に多い。
女性の長寿の秘訣か?。

コメント

琴浦町検診申込書。

2015年02月23日 | 日記

  今年も琴浦町から検診申込書が回って来た。
検診の種類は、胃がん、大腸がん、前立腺がん、肺がん。
しかし、昨年に引き続き検診を受けないことにした。
国をあげて、検診での早期発見、早期治療が叫ばれているが、疑問に思う。
近藤誠理論に賛同していることと、健康には自信がある為、検診は受けない。
ただ自信過剰には気をつけなければならない・・・。

コメント

小さな事や行いが大事。

2015年02月22日 | お気に入りの言葉

   われわれは、心の中に起るどんな善い衝動でも、
例えばものを整理しようとするような、ごくささいな善い衝動であっても、
いつも即座にそれに従い、実行することによって、先きへ延ばしたり変更したりできないようにしなければならない。
――同じように、心の中のどんな悪い衝動についても、つねに直ちにこれに抵抗しなけれなばならない。
そういないと、善い事への衝動はしだいに弱く、また稀れにしか起らなくなり、
一方、悪事への衝動は、抵抗しないために、ますます強くなり、頻繁に襲ってくる。
善へ進んで行くのも、悪へ陥って行くのも、普通考えられているよりもはるかに多く、
小さな事や行いが集って、そうなるのである。
もし上にのべた二つの衝動のどちらか一方が、ある人の習慣となってしまったら、
それによって彼の生涯は決定的な勝利を得たか、
それとも、敗北に終ってしまったか、のいずれかである。同胞教会讃美歌六九八番。

眠られぬ夜のために ヒルティ著より

コメント

あなたの言葉に気をつけなさい。

2015年02月21日 | お気に入りの言葉

わたしの教は雨のように降りそそぎ・・・(申命三二・二)

 顔の美しさがあるように、言語の美しさがある。
空と星、緑の葉、透き通った水の間に調和があるように、言葉の間に調和がある。
カンバスの上に描かれた傑作、霧の輝き、森林地に咲く花の薄く透き通る花びらの色合いに優美さがあるように、話し言葉の優美さがある。
 美しい自然は、神の永遠のみことばの機織り機で織られた神の衣である。
 心の底に置かれた美しい言葉は、人生を楽しいものにする。
親切な言葉、力強い言葉、優しい言葉、愛のこもった言葉は、こうした神の自然構成要素を引き寄せ、それらを人生に花開かせる。
それはちょうど、灯心が油を吸い上げ、光を生じさせるようなものである。
 美しい言葉は、美しい顔、美しい態度、美しい生活をつくり出す。
あなたの言葉に気をつけなさい。あなたの言葉に気をつけなさい。
   言葉はとても不思議なものだ。
それは蜜蜂の新鮮な蜜のように甘く、蜜蜂の針のように恐ろしい。
言葉はまた暖かく喜ばしい日光のように、人々に祝福を与えることができ、孤独な生活を明るくする。
そして、怒り争うときに開かれた両刃のように切り裂くのも言葉だ。
平安があなたの生活を守り、あなたの若い日から日々あなたの言葉がいつも真理の言葉であるように。
友人に贈る花を選ぶように、あなたの言葉を選びなさい。
話し言葉の芸術において模範となりなさい。

「主よ、わが口に門守を置いて、わがくちびるの戸を守ってください」(詩篇一四一・三)
「わが岩、わがあがないぬしなる主よ、どうか、わたしの口の言葉と、心の思いがあなたの前に喜ばれますように」(詩篇一九・一四)。

山頂をめざして カウマン夫人著より

コメント

人をより深く知れば・・・。

2015年02月20日 | お気に入りの言葉

   いわゆる「人間的」な事柄で、一番われわれの心が慰められるのは、
人びとをより深く知れば、たいてい彼らが評判よりも良い人間だということである。

眠られぬ夜のために ヒルティ著より

コメント

人との交際。

2015年02月19日 | お気に入りの言葉

   人との交際において最も気持ちのよい、最も有効なものは、いつも変らぬ友愛である。
ごく幼い子供でさえ、それどころか、あらゆる動物でさえ、そのような友愛には敏感であって、
とくに、相手の親しみがたまさかの気紛れか、ただその場かぎりの動機から出たものか、
それとも永続的な性質のものか、それすら見分けることができる。

眠られぬ夜のために ヒルティ著より

コメント

人から多くのものを期待してはならない。

2015年02月18日 | お気に入りの言葉

   人びとからは決してあまり多くのものを、あなた自身のために、期待してはならない。
経験に照してみても、われわれが人びとからなにも求めなくなると、すぐさま彼らははるかに好ましい者になる。
そして彼らは、このような利己心のない愛を実に本能的に感づくのがつねである。
あなた自身のためには、ひたすら神の祝福に頼るがよい。
どんな人間によっても満たされぬほど、要求のとくべつ多い心をさえ、神の祝福は完全に満たすことができるものだ。

眠られぬ夜のために ヒルティ著より

コメント

死後に残るもの。

2015年02月17日 | お気に入りの言葉

   死後にもその人柄の印象を長く残すような人は非常に少ない。
たいていの人は、重要な地位にあった者でも、数年ならずして忘れられてしまう。
最も長く心にのこるのは、その人の誠実の追憶であり、
また女性の場合は、彼女の真にやさしい愛情の思い出である。
 
眠られぬ夜のために ヒルティ著より

コメント

他からつよく促されて行ったことは、?

2015年02月16日 | お気に入りの言葉

   私のこれまでの生活で、自分では気がすすまぬながらも、
他からつよく促されて行ったことは、ほとんどつねによい結果をみたが、
自分の発意で着手し、自分ではよいと思ったことは、一向によかったためしがない。
 
眠られぬ夜のために ヒルティ著より

コメント

見えない世界を「信じる」ことによって歩く。

2015年02月15日 | お気に入りの言葉

   見えない世界を「信じる」ことによって歩くか、
それとも日常の世界を「見ること」によって歩くかにしたがって(コリント人への第二の手紙五の七)、
人生は非常にちがった相貌を呈することになる。
われわれは同一の外的状況のもとで、絶望することもあれば、また実に平安に、それどころか幸福でいることもできる。
  信仰によって歩む場合、それにいくらか「想像」があずかることもあろう。
しかし、目に見える事物は、本当に、それが見えているとおりのものであるだろうか。
いわゆる「現実の」世界に関しても、われわれは、実は全くの謎と仮定の間に立っているのではなかろうか。

 眠られぬ夜のために ヒルティ著より

コメント

多くの病苦は、神経性のもの。

2015年02月14日 | お気に入りの言葉

   普通に信じられているよりもはるかに多くの病苦が神経性のものであって、
すなわち、神経の全般的な健康状態によって左右される。
従って、神経を回復する方法、とりわけ睡眠、よい空気、運動、よい栄養、心の安静によって、治りうるものである。

 眠られぬ夜のために ヒルティ著より

コメント