人はパンだけで生きるにあらず、神の言葉により生きる

イエス・キリストの福音をぜひ知って頂きたい

囲碁三昧

2012年10月31日 | 趣味

  今日は、琴浦町社会福祉センターで行われている囲碁会に始めて参加。
11時~16時頃まで5時間余り、囲碁三昧。毎週水曜日に行われているとのこと。
またひとつ楽しみが増え感謝。

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2012年10月30日 | お気に入りの言葉

今が盛りの我が家のツワブキ。繁殖力が旺盛で丈夫な花。

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人とのつながり

2012年10月29日 | お気に入りの言葉

まずは身の回りの人から幸せにしよう。
・・・・・・・アリス・ウォーカー

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できると思う自分とできないと思う自分。

2012年10月28日 | お気に入りの言葉

 自分ならできると思う。
あるいは自分にはできないと思う。
ーーーーどちらも正しいの。
・・・・・・メアリー・ケイ・アッシュ

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大山散策

2012年10月27日 | お気に入りの言葉

今日は、大山の散策(赤碕、安田、成美、以西地区公民館主催)に参加。
コースは、豪円山キャンプ場入口→寂静山→元谷→大山寺→博労座。
天候にも恵まれ、紅葉もすばらしく、最高の散策であった。

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ひどいと思われることの中にも神の愛の配慮がある

2012年10月26日 | お気に入りの言葉

シスター鈴木秀子の愛と癒しの366日より
  ひどいと思われることの中にも神の愛の配慮がある
最近私は、このようなことをひしひしと実感するようになりました。
目に見えない神というのは、この世の日常生活のあらゆる些細な出来事を通して働きかけています。
どうしてこんなひどいことが起こるのかと、嘆くような出来事さえも、神の愛の配慮があります。
つらいことや嫌なことが起こるのも、現実には多くの場合、自分の選択の結果、惹き起こしているのに、
その中にも、私たちにもっといい方向に生き方を向けるように促す神の愛があります。

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柿取り

2012年10月25日 | 日記

今日は、娘の嫁ぎ先へ、柿取りに行った。
今年は、豊作でたくさん頂いてきた。
毎年、頂いて干し柿にしている。皮むきがたいへんである。
昨年は、カビが発生してもったいないことをしてしまった。今年は気をつけねば。

 

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浦安小学校の校内マラソン

2012年10月24日 | 日記

  今日は、孫(小学1年と4年)の行っている浦安小学校で校内マラソンがあり、応援に行った。
道路わきで声援を送る。たかが校内マラソンでも声援に力が入る。
二人とも6位(16~18人中)であった。よく頑張ったと思う。

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沈黙は、神と、お互いとを結びつける根っこです。

2012年10月23日 | お気に入りの言葉

マザー・テレサ 日々のことばより
  沈黙は、神と、お互いとを結びつける根っこです。
沈黙の中でこそ私たちは、すべてのことを喜んで行うことを可能にする
神ご自身のエネルギーで満たされるのです。
沈黙の祈りの中で私たちが受ければ受けるほど、
私たちの活動的な生活の中で、もっと人々に与えることができるのです。

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快晴に恵まれた「琴浦アルプス縦走登山」

2012年10月22日 | 日記

昨日は、昨年に続き、「琴浦アルプス縦走登山」に参加。
快晴に恵まれ、すばらしい登山であった。
コースは、香取県民の森→甲川河原830m→『ゴジラの背』→甲ヶ山山頂1338m→小矢筈→矢筈山頂1358m→大休峠避難小屋→大休口→大山滝→一向平
紅葉等の絶景、山頂でのなめこ汁のサービス等を堪能。大満足一日でした。山の中を歩くとなぜか、「生きている」ことを実感する。

大山滝

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人を愛せるかどうかで、若くいられるかどうかが決まる。

2012年10月21日 | お気に入りの言葉

 人を愛せるかどうかで、若くいられるかどうかが決まるのよ。
・・・・・ダイナ・ショア

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子供は親の所有物ではないのです。

2012年10月20日 | お気に入りの言葉

   親の仕事は指導であって支配ではありません。
子供は親の所有物ではないのです。
・・・・・スーザン・サマーズ

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まず家に帰って家族を愛しなさい。

2012年10月19日 | お気に入りの言葉

世界平和のためにできることですか?
まず家に帰って家族を愛しなさい。
・・・・・マザー・テレサ(ノーベル平和賞授賞式にて)

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人間の価値は、何できまるか?

2012年10月18日 | お気に入りの言葉

九一歳の人生論 日野原重明・瀬島龍三著より

 人間の価値は
階級や肩書きではなく、
その人の愛情の深さで決まるもの

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自然治癒が起こるとき

2012年10月17日 | お気に入りの言葉

シスター鈴木秀子の愛と癒しの366日より
  自然治癒が起こるとき
私は今までに何回も、不治の病を宣告された人が、
次の検査のときは治っていたり、予定していた手術をしなくてもいいことになったりという場面に立ち会ってきました。
どうしてそういうことが起こるのか、どのようにしてガンの自然治癒が起こるのか、私には説明できません。
ただ私が体験として知っていることは、このような場合、共通しているものがあります。
病人が祈りに包まれていること、そして病人が「起こることはなにか意味がある」と受けとめ、
病気からなにかを学ぼうとしていること、そして病気を現実のものとして受け入れたあとの、
やすらぎと、感謝の気持ちを持っているとき、自然治癒がおこっているらしいということです。

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