サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 10509「狙った恋の落とし方。」★★★★★★★☆☆☆

2010年12月11日 | 座布団シネマ:な行

一夜にして大金持ちになった中年男が、婚活中に出会った美女と恋に落ち、北海道を旅するロードムービー仕立てのラブ・コメディー。『女帝 [エンペラー]』などの中国のヒットメーカー、フォン・シャオガン監督が、シャオガン作品の常連グォ・ヨウ、台湾の人気女優スー・チーを迎え、人生の転機が訪れた男女の旅路を映し出す。中国で北海道ブームを巻き起こした風光明媚(めいび)な道東の映像美も見もの。[もっと詳しく]

したたかなシャオガン監督は、現在の中国をスタイリッシュに浮き彫りにする。

やっぱり中国映画で、観客動員が出来る監督と言ったら、チャン・イーモウ監督と双璧のようにこのフォン・シャオガン監督があげられる。
僕がこの監督を追いかけ始めたのは、アンディ・ラウとグォ・ヨンが列車の中で「掏り」の妙技合戦をする『イノセントワールドー天下無賊』(04年)からだ。ちょっとしたスタイリッシュな娯楽映画で、中国にもこんなおしゃれな映画が撮れる監督さんがいるんだなぁ、と感心した。
その後は時代劇でチャン・ツィイーを絢爛豪華な王宮を舞台に起用した『女帝ーエンペラー』(06年)で圧倒され、『戦場のレクイエム』(07年)では国共内戦から朝鮮戦争にかけてのたぶん中国映画では最大規模の現代戦争劇を堪能した。



アクション活劇でも、時代劇でも、戦争ものでもなんでもこなす幅の広い人なのだが、もともとはコメディから出発しているそうで、今回の『狙った恋の落とし方。』は、コメディ回帰も半分ぐらいは入っている。
原題は『非誠勿擾』で「冷やかしおことわり」という意味で、近頃中国でも盛んな、ネットを利用した「婚活」のメッセージの決まり文句だということだ。
この映画は、08年の年末映画として上映されたのだが、その年の『レッドクリフ』の観客動員数を抜いて一位となり、また20日足らずで40億円を超える興行収入を記録し、それまでのチャン・イーモウ監督の『王妃の紋章』(06年)の興行記録を抜き去って、歴代一位になった。



「海亀」と呼ばれる留学帰りの男であるチン・フェン(グォ・ヨン)は、「紛争解決機」なる珍奇な発明品を個人投資家に売りつけて金を得て、「婚活」にいそしむことになった。
何人もの女と面談をするのだが、墓石をセールスされたり、少数民族のお姫さんへの婿入り話であったり、SEXは年に1回にしてくれと言われたり、おなかの子どもとも暮らしたいと言われたり、株式トレーダーの女性からは下降線の銘柄だと揶揄されたり・・・どうにもうまく巡り合えない。
そんななかでシャオシャオ(スー・チー)という美人のスッチーとはなにやら気脈は通じるのだが、シャオシャオが不倫相手の男を忘れらないことを告白されることになる。
チン・フェンもお返しにアメリカで働いていたときに相思相愛になった女性が、中国に戻り旦那と離婚できず自殺した、という出来事を話し始めることになる。
シャオシャオは泥沼の男との関係を清算するために、男と出会った北海道にチン・フェンを誘うことになるのだが・・・。



アジアからの北海道観光客ブームの火付け役ともなった映画・ドラマのひとつは、韓国ドラマで話題を呼んだイ・ビョンホンの『アイリス』であるが、中国映画としてはなんといってもこの映画である。
釧路、阿寒湖、網走、厚岸、斜里、美幌・・・など東北海道の名所がまことに魅力的に描かれている。
もともと中国人のある程度高齢者の人たちには、北海道に対する幻想がある。
それは80年前後の高倉健出演の『君よ憤怒の河を渉れ』が、中国では80%近い人たちが映画館に駆けつけたという化け物的なブームを巻き起こしたことによる。
もちろん、高倉健のその後の『駅 STASHION』や『鉄道員ぽっぽや』などを通じて、北海道の幻想が強まるのである。
08年はちょうど中国からの観光客が延べ100万人を突破した年にも当たっている。
シャオガン監督自身も、以前なにかの企画で、東京ー釧路間のフェリーに乗って感銘を受けたことがあるという。



中国のマナーが悪いと言われる一般観光客たちが押し寄せてきて、自分もいっしょになったらちょっといやかもしれないが、ともあれ道庁はシャオガン監督に、感謝状を出すべきだろう。
日本人の僕であっても、映画では釧路の「四姉妹」になっていたカラオケ屋や、ホタテ料理もうまそうだった居酒屋や、阿寒湖、屈斜路湖の深い蒼の湖や、斜里にあるかわいらしい教会や、網走の先に見えるオホーツク海や、ちょっと高級そうだがくつろげそうな温泉旅館や、美幌の方であろうがダイナミックな急勾配の丘陵の道路やといった光景に、ついついつられてしまう。
中国では、杭州や海南や北京のなかなかおしゃれな場所が撮影スポットになっている。
日中の政治が関係する世界では、なにやらきなくさいことになっているが、こういう肩肘を抜いたほろりともさせるコメディで、互いの風景が交換されるのはいいことである。



グォ・ヨウはチャン・イーモウ監督の『活きる』(93年)以来、どの映画でもその達者な演技で楽しませてくれるが、この作品でもずるいほど美女ばかりと出会いを繰り返しながらも、憎めないチン・フェンという主人公をまことに魅力的に演じている。
たぶん40代半ばぐらいの設定かもしれないが、こういうちょっとクールでしかもユーモアもあり正直な大人の中国人が増えているのなら、僕のちょっとした中国人への「偏見」も捨てさる必要があるかもしれない。
チン・フェンが作品の中で、自分の理想の女性をちょっと女優に喩えて楽しませてくれるところがある。
そこでは、マギー・チャンやアンジェリーナ・ジョリーやソフィー・マルソーなどが並べられるのだが、今作のヒロインのスー・チーだってもう30代半ばになっているが、アジアの女優としてはトップを争う活躍ぶりだ。
台湾生まれでセクシーアイドルとしてデヴュ-したのが19歳、その後香港映画界に引っ張られ、6年間で45本の映画に出演というモテモテぶりの時もあった。
『トランスポーター』(02年)でハリウッド進出も果たしアクションも披露しているし、『the EYE2』(04年)のような極め付きのオカルト映画でも奮闘している。
『百年恋歌』(05年)のような文芸の香り漂う作品にも出ているし、香港のもろもろのB級映画にもちゃーんと出てくれている。
日本のファンたちには、少女隊で日本でもアイドルとなったビビアン・スーが出演しているのも嬉しい所だ。



肩肘はらない正月向けの娯楽映画でありながら、シャオガン監督は主人公の「婚活」を通じて、この2008年の中国の現在をうまく脚本に生かしている。
08年はもちろん北京オリンピックが中国の威信をかけて開催された年だが、大国中国が大変な出来事に巻き込まれた年でもあった。
年初めには、大雪と冷雨による被害が相次ぎ、四川では大地震に見舞われた。
チベット問題をはじめとする少数民族差別への抵抗が群発し、聖火リレーは国外では混乱した。
リーマンショックで株式や信託に流れ込んでいた個人投資家の資産は、50%から80%にものぼる損失で、実に265兆円の時価総額がぶっとんだことになる。
中国の中産階級の大衆の「三種の神器」は、「マイカー、マイホーム、海外旅行」といわれるが、それらも脚本に盛り込まれている。
お墓バブルや少数民族の婿入り婚や健康ブームや株式投資や離婚率の増大や同性愛者の一定の市民権や・・・それらもうまくスケッチされている。
なによりネットを使った「婚活」は、日本であれば援助交際や売春やに流れるし、本当の見合い相手選びであれば、セットする業者が商売ベースで介在することになるが、この作品で観察する限りでは、中国の方が男女のインターネットによる出会いが、なかなかドライで合理的でもあり、興味深くはある。



中国のインターネット人口は4億人を超えている。
そしてこの映画に見られるように「豊かな」中国の中産階級で、教養もあり、個人の価値意識やそれなりのコモンセンスも併せ持っている層は、確実に増えている。
それらは登場人物たちの垢抜けたファッション・センスひとつを見ただけでも、すぐにわかることだ。
中国の共産党独裁は、もうそんなに長くは続かないだろうということが、こういう娯楽映画を見ていると、ほとんど確信のように思えてくる

『狙った恋の落とし方。』という作品は、なんら政治メッセージを持たない、コメディとも中年の男女の成熟した関係を描いた愛の映画とも捉えられるが、こういうスタイリッシュな作品だから逆に、もう中国の政治のあり方が、滑稽なほど古臭いということが浮き彫りになってくるからだ。
フォン・シャオガン監督は、まことにしたたかなポジションを保持している。

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2 コメント

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わたしも (sakurai)
2010-12-14 09:15:22
「イノセント・ワールド」ではまった口ですが、その前は、フォン監督の映画って、日本での上映はなかったですよね。
400人入る劇場で、たった一人で見ました。何と贅沢。
アンディ様が、あたしのためだけに映画に出てる!!と勝手に舞い上がりながら見てました。

こっちの映画の上映のころは、あの問題が出てきて、少々きな臭くなってましたが、したたかな中国の一場面も見事に表してたと思いました。
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sakuraiさん (kimion20002000)
2010-12-14 12:06:29
こんにちは。
そうなんですよね。
その前から、巨匠だったらしいけど。
「イノセントワールド」はユーロスペースかな、珍しく劇場で見ました。
この監督さんは、アーチスト性とエンタメ性のバランスが取れていると思いますね。
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