サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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ネイティブタレント/セーラ・ローエル(モデル)/50歳

2011年06月29日 | 毎日がメメント・モリ

セーラ・ローエルさん、子宮がんのため死去


サンケイスポーツ 6月29日(水)7時52分配信










セーラ・ローエルさん、子宮がんのため死去
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テレビで活躍していたころのセーラ・ローエルさん(写真:サンケイスポーツ)

 日米ハーフのタレントで、かつての売れっ子モデル、セーラ・ローエル(本名・石井セーラ)さんが、子宮がんのため27日に都内の病院で死去していたことが28日、分かった。50歳だった。

【写真で見る】ひっそりと帰らぬ人となったセーラ・ローエルさん

 1970年代、日本テレビ系「11PM」などで水着姿を披露し、抜群のスタイルと美貌で人気を集めたが、ひっそりと息を引き取った。

 関係者によると、セーラさんは昨年、子宮を全摘出する手術を受けたが、がん細胞は全身に転移。ここ1年は入退院を繰り返すなど、がんと闘っていた。昨年末、知人のパーティーで会ったセーラさんは元気だったころに比べてかなりやせ、つらそうだったという。

 父は英国系米国人の米軍エンジニア、母は日本人で12歳の時にスカウトされてモデルに。1メートル63、B83W57H83の恵まれたプロポーションを武器に、化粧品や自動車のテレビCMで活躍。1979年から「11PM」のカバーガールとして登場すると、人気も急上昇した。

 その後も81年からTBS系ドラマ「Gメン75」に出演したが、87年に実業家と結婚してからは仕事はセーブしていた。その後、離婚し、5年ほど前にかつて所属した芸能プロの元社員と再婚。子供はいなかった。

 最近は08年に雑誌「クロワッサン」に登場し、翌年にテレビ東京系「美女放談」に出演。芸能活動を再開したかに見えたが、そのころから体調がすぐれなかったという。

70年代から80年代にかけて、セーラ・ローレルはちょっとしたものだった。
ハーフのモデルのはしりみたいなところもあるが、いまでは元帰国子女も含めて、ネイティブな発音ができるモデルやタレントはどれほどもいるが、まだ彼女の頃は珍しかった。
たとえばハーフではないが、ジャズシンガーであった父の関係でグアムやハワイのアメリカンスクールに在籍していた早見優が14歳でスカウトされたのも1980年だった。
セーラにしても、早見優にしても、ちょっとした英語の発音がさまになっていて、それが人気のひとつにもなっていた。
セーラのCMで記憶によく残っているのは、ダイハツのシャレードとコーセー化粧品あたりだ。どちらもある期間シリーズキャンペーンの顔となっていた。
もうひとつ、僕が一番好きだったが、ユニチャームのCMだ。もちろん生理用ナプキンなのだが、調べてはいないがこの頃からテレビ宣伝を始めたのではないか。
ちょっとおしとやかで白いワンピースの長いスカートを風に揺らしたセーラが、恥ずかしそうな笑みを含んでいる。
とても印象的で清楚なCMだった・・・合掌!


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