サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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距離/鷲尾悦也(元連合会長)/73歳

2012年02月28日 | 毎日がメメント・モリ

「労働組合の活動は『愛』です」 評伝・鷲尾悦也氏死去

産経新聞 2月27日(月)21時32分配信

 「甘ったるい言い方かもしれませんが、労働組合の活動は『愛』です」

 平成9年から2期4年間、日本労働組合総連合会(連合)会長を務め、政界再編や新党構想に積極的にかかわった鷲尾悦也氏の突然の訃報に接し、最初に思い浮かんだのが冒頭の発言である。5年、鉄鋼労連委員長時代の言葉で、労組といえば戦闘的な印象が強かった時代、随分違和感を覚えたものだ。だが、「時短教の教祖」を名乗り、労働時間短縮に取り組んだ点などで、「愛」の実践者ではあった。

 鷲尾氏は歯に衣(きぬ)を着せぬ発言でも有名だった。4年には鉄鋼労連大会でいきなり「憲法改正論議がすべてタブーということにはならない。世界と日本の現状にあった改正論議があっていい」と改憲論をぶちあげた。「個人的意見では、社会党を分裂させるのが(連合の)戦略だ」と発言し、物議を醸したこともある。

 連合事務局長、会長在任中はいばらの道を歩んだ。非自民勢力の結集を目指したが、社民党が自社さ3党連立政権に参加しており、連合は股裂き状態。その後、連立は解消したが、野党結集は不調に終わる。絶えない民主党内抗争を見かね、党人事に口を出して猛反発されたこともあった。

 結局、「野党勢力による政権交代」という夢を果たせぬまま13年に勇退した。その8年後、政権交代は実現したが、国民の支持を失いつつある今の民主党を見ながら、どんな思いだっただろうか。(政治部長 五嶋清)

総評時代の御茶ノ水にある総評会館に、大学時代の先輩がいたので、20代の時何度か尋ねたことがある。
なんか暗くて落ち着かなかった。
連合になってからも、ある仕事の関係で、何度か総評会館内で会議をした。
この時も、なんだかどんよりとしていて、早く呑みに行きましょうやと会館を抜け出したかった。
この1年は、復興関係のフォーラムなどで数回総評会館で催しものをしたので出入りした。
やはり、なんだか落ち着かなくなるのは一緒だった。

結局のところ、僕個人は30年近く、総評→連合に馴染めないままだ。
鷲尾さんは連合会長三代目。
いろいろ物議をかもした発言もあったが、苦手な総評→連合のなかでは、比較的その物言いには好意を感じることもあった。

結局、当初の支持母体であった社会党は自滅し、民社党に乗り移った格好なのだが、日本の労働組合のナショナルフラッグといわれても、僕は何のシンパシーも感じない。
個別の人たちには、尊敬できる人もたくさんいるのだろう。
そして、単産や産別の戦後の闘争史のいくつかには、教訓をよみとるべきものもあるのだろう。

けれども、僕は20歳の時ぐらいに自分の中で、静かに労働組合運動そのものに訣れを告げたのであった。
メーデーの日などは、なるべく家に引きこもるようにしていた。
そのことはまったく個人的な動機なのだが、終生揺らぐことはないと思う・・・合掌!

 
 
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田中優紀 (成田良悟)
2019-01-08 06:57:09
内海賢二
津曲裕次 (開田裕治)
2019-01-08 06:57:33
成山裕治
金橋良樹 (関数電卓)
2019-01-08 07:01:47
金橋良樹
鷲尾悦也 (鷲尾悦也)
2019-01-08 07:02:10
鷲尾悦也
Unknown (川崎市バス)
2019-02-12 17:45:05
小倉優子

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