サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 08321「奈緒子」★★☆☆☆☆☆☆☆☆

2008年08月11日 | 座布団シネマ:な行

映画『ロボコン』の古厩智之監督がメガホンを取り、伝説の駅伝コミックを映画化した青春映画。辛い過去を持つ因縁の2人が再会し、高校駅伝代表を目指して猛練習に励むひと夏の様子を描く。心に傷を負ったヒロインに挑むのは、映画『出口のない海』などで着実に女優として成長を続ける上野樹里。共演の映画『恋空』の三浦春馬とともに、ストイックな演技を見せる。ただひたすら“走る”ことによって、悩みや苦しみを乗り越えていく彼らの姿が感動的。[もっと詳しく]

ランナーの脳裏に巡るもの、そのことがまったく映像化されていない。


「奈緒子」は、1994年から2001年の9年間にわたって、「ビッグコミック スピリッツ」誌上で連載された人気コミックである。
原作は坂田信弘。画は中原裕。
坂田信弘の経歴は、少し変わっている。
1947年生まれの全共闘世代。
京大を中退して自衛隊に入った後、28歳でプロゴルファーとなっている。
数々の、ゴルフに関する指南書で、オヤジさんたちのファンも多いかもしれないが、なんといっても現在も連載中であるかざま鋭ニとのコンビによる「風の大地」で、小学館まんが大賞を受けている。
若い女性ゴルファーが活躍する「ひかりの空」もとても面白くて、僕は単行本を出るのを楽しみにしている。
坂田信弘は、ゴルフを舞台にした原作が中心なのだが、その特徴は試合にいたるプロセスはもちろん、試合の進行に伴って、登場人物のとても微妙な感情の揺れを、執拗に描いていることだ。
これでもか、これでもか、と登場人物の内面の声を、セリフあるいはト書きとして重層していく。
この方法は、従来までのスポーツ漫画を革命した、あるいは文学化した、といっていいかもしれない。



もちろん、ゴルフならゴルフの極意は、坂田信弘流に、あちこちに散りばめられている。
だから、もしかしたら、ゴルフの教則本のように、受け取る読者もいるかもしれない。
あるいは、あまりに人生論、道徳論、青春論などに喩えるアフォリズムめいた散文が多いため、読み進むのにうっとおしさを感じる読者もいるかもしれない。
そう、とても多弁な原作者なのだ。
そして、ことあるごとに、登場人物たちにも、内的格闘を要求するのだ。
そんな、坂田信弘が、珍しくゴルフ以外のテーマを原作にしたのが、この「奈緒子」であった。



映画「奈緒子」に則していえば、長崎県壱岐島をモデルにした漁村に、喘息治療に来た奈緒子だが、突風で海に落ち、助けに入った漁師である雄介の父が命を落とす。
奈緒子はある駅伝大会で雄介と再会することになる。
波切島高校駅伝部は、熱血指導者である西浦監督の元、全国大会出場にかけるため、猛特訓の合宿を続け、奈緒子もマネージャーとして、見守ることになるのだが・・・。

雄介は「日本海の疾風」と呼ばれていた父親の血を受け継いだのだろうか、走りにかけては天才的な才能を持っている。
当然、波切島の駅伝部でも、群を抜いているが、駅伝はタスキを受け継ぎ、全員で42.195kmを完走する独特の競技であり、チームワークも欠かせない。
大会までに、雄介への嫉妬や猛特訓への不満やランナーとしての自信のなさなどで、バラバラになってしまうチームだが、レース当日は、打って変わったように、アンカーの雄介にタスキを繋げるため、チームメンバーは、力の限り走り抜ける。



9年間にわたる人気連載漫画である。
雄介は、もともと100m短距離で才を発揮する。
漫画らしい展開だが、200m、1500m、走り幅跳びと、次々と記録を塗り替える。
そして、駅伝に辿り着き、映画のように、波切島高校を全国大会に導くのである。
連載漫画では家のために陸上を捨て漁師のアルバイトをする雄介が、ふたたび走り出し、マラソンに挑戦し、ライバルたちと運命を掛けたレースに臨むことになる。

2時間足らずの映画という制約の中で、脚本は大胆に絞り込まなければならないのは、当然のことだ。
この映画版「奈緒子」では、幼い頃の奈緒子の事件(雄介の父親の死)への贖罪意識を抱え込む奈緒子が、雄介に出会い、逃げずに見守ろうとすることが、ひとつの軸となっている。
そして、雄介を中心とする波切島駅伝部の過酷な訓練の日々と、仲間を思い遣る駅伝という競技のなかで、ついに念願のトップゴールを切ることが、もうひとつの軸であり、この2点で、作品は構成されている。
結果として何が残ったのか。
単なる、「駅伝」を主題とした青春スポ根物語である。
この2点に絞り込んだことには、制約から生じる必然があったかもしれない。
で、あったとしてもこの2点の描き方そのものにも、とても不満が残る。



まず、奈緒子の物語としての側面。
原作では、奈緒子は財閥の令嬢という設定になっているが、黙って遠くから雄介を見守ることが多く、物語の中核(レースそのもの)から、少し離れたところにいる。
原作のポイントは、雄介の5歳年上の兄大介の存在にある。
「日本海の疾風」という資質は雄介に受け継がれているが、兄大介は秀才であり、地元の九大医学部に進学する。
仲のよい兄弟であり、雄介は大介を信頼しきっており、大介も雄介のことをなにより大切にしている。
その大介が、奈緒子に一目惚れすることになるのである。
奈緒子は、年下の雄介に、贖罪意識も絡みながら、愛情を感じている。
雄介は、ふたりの気持ちを感じながら、感情の表現が得意ではなく、走ることでしがらみを断ち切ろうとする。
この運命的な三角関係が、実は「奈緒子」という存在に読者が心を動かされる、核心となっている。
上野樹里演じる奈緒子は、懸命に「雄介君」に寄り添おうとしているが、練習を見守ったり、苦しい雄介に伴走したりすることしかできず、文学的ともいえる悲劇性を感じることが出来ない。



もうひとつの駅伝の映画化ということなのだが、これも絵に描いたような類型的な表現しか出来ていない。
雄介を演じる三浦春馬をはじめ、無名のランナーたちが、どのように合宿訓練をしながら、走りを鍛えていったかのエピソードは別である。
駅伝のドラマ性であれば、現実の箱根駅伝などの手に汗握る過酷で運命的なドラマのほうが、いくつか高等であるとも、いいたくもなる。
原作の坂田信弘は、雄介をはじめ、駅伝のメンバーたちに、走りながらの内的格闘、脳裏に浮かぶ情景、あるいは駅伝という競技そのものが持っている本質性を、ひたすら多弁に語らせている。
たとえば、アラン・シリトーの「長距離ランナーの孤独」という名作では、ひたすら走りながらの主人公の脳裏に浮かぶ像や観念が詳細に描かれ、そのことが感動を呼ぶのだが、坂田信弘の原作もそれに近いところがある。
読者は、そのことを受容しながら、まるでいっしょに走っているかのような、錯覚に陥るのだ。
けれど、映画版「奈緒子」では、仲間のランナーたちが「雄介~、雄介~」と叫ぶだけなのである。
雄介そのものも、懸命に前を向いて走るだけであり、雄介の中でどのような特異な劇が生成しているのが、観客にはなにも伝わってこない。



僕たちが、駅伝やマラソンやといった長距離ランナーの闘いを、テレビを通じてでも、懸命に見入ってしまうのは、そこにドラマを感じるからである。
勝った、負けたもひとつかもしれないが、ランナーの苦悶の表情や、淡々とした走りや、駆け引きの時の仕種や・・・流れゆく風景のなかで、ランナーが想起しているものを、その一部を、感じ取るために、見入っているところがあるのだ。
もしこの作品が、豊穣な原作が持つ世界観の多くをやむを得ず捨象したとしても、ただただ走りを続けるランナーの脳裏を、その肉体の悲鳴を、なにより走者の汗ばんだ皮膚を流れる風を、感じさせてくれれば、この作品は、映画としては及第点となるはずだ。
たぶん、奈緒子は見守るだけでも、そのことをいっしょに感じとれる存在だから、奈緒子の存在感もより増してくるに違いない。


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3 コメント

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弊記事へのTB&コメント有難うございました。 (オカピー)
2009-04-09 01:56:50
うわっ、コメント第1号!

古厩監督はご贔屓なりつつありまして、本作は旧作「まぶだち」、特に「ロボコン」には大分及ばないものの、僕の理解したお話としては一通りまとまっている感じがしています。

脚本グループ(三名でしたね)の狙いは、
癌に冒された一人の陸上部監督が、罪の意識に悩む奈緒子と、彼女に対するわだかまりを拭えない雄介とを、競技会を通して解放していく過程を描くことではなかったでしょうか。
極端に言えば、駅伝はその材料に過ぎないのかもしれない。

だから、僕としては(合宿中に済ませ)競技中に給水の受け渡す場面を設けなかったのは作劇上非常に不満なんです。折角二人が接近しているのに。
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オカピーさん (kimion20002000)
2009-04-09 02:13:20
こんにちは。
「ロボコン」は爽やかな作品だったので、僕も期待してこの作品も見たんですけどね。
陸上部監督のツルベーが暑苦しくて(笑)。
まあ、原作設定は無関係としても、奈緒子と雄介の対幻想は、とても屈折しているはずで、そこにいまどき珍しいプラトニックな物語が発生するんですね。
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文武両道 (うえ)
2012-12-15 08:35:05
坂田さんは京大中退でプロゴルファーとは。文武両道ですごいです。今後もがんばってほしいです。

文武両道といえば、慶応の理工4年福谷選手がドラフト1位で指名されましたね。文武両道ですごいですね。がんばってほしいです

サっカー界には文武両道で有名な東大卒Jリーガー久木田さんや他にも岡田武史さん、宮本恒靖さん、橋本英郎さんが文武両道で有名です。、ゴルフ界といえば、坂田信弘さんくらいしか思い浮かびません。


しかし、大学ゴルフ界に文武両道プロゴルファーになる卵がいます。
東大法学部4年の高野隆

彼は朝日杯争奪日本学生ゴルフ選手権には4回出場し、6位に入った。他にも、日本学生ゴルフ選手権3回出場、日本アマ出場、トップクラスで活躍するスーパースターです。

九州大2年の永井貴之

彼は九州ジュニアゴルフ選手権4位、国体選手にも選ばれた。日本学生ゴルフ選手権出場などの結果を残している、全国大会の常連のスーパースターです。

和歌山県立医科大学医学部医学科1年の辻田晴也

彼は関西高等学校ゴルフ選手権2位、全国高等学校ゴルフ選手権に3回出場など全国大会の常連で、西日本医科総合体育大会2位,
関西学生秋季新人戦2位の実績を持つ選手です。。

他のスポーツ界に負けず、文武両道3羽ガラスが将来プロゴルフ界で活躍すればなぁーと思います。
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