『HERO』や『LOVERS』などのヒットメーカー、チャン・イーモウ監督による絢爛豪華(けんらん)な歴史大作。きらびやかな宮廷の裏に渦巻く陰謀と策略のドラマを華麗に描き出す。俳優陣も香港のトップスター、チョウ・ユンファ、『SAYURI』のコン・リー、『頭文字[イニシャル]D THE MOVIE』のジェイ・チョウらアジアを代表するスターたちが名を連ねる。細部にまでこだわった圧巻の映像美と怒とうのアクションシーンまで一瞬たりとも目が離せない。[もっと詳しく]
中国を舞台にした武侠歴史劇から、当面目を離すことができない。
「王妃の紋章」で、唐王朝末期の紫禁城の贅をつくした宮廷内の光景が冒頭、延々と続くのだが、圧巻は宮廷の女官たちが化粧をし、衣服を身につけ、宝飾品を飾り、ずらーっと居並ぶさまである。
あるいは宮廷前の1万2000平方Mの敷地を黄色に埋め尽くす(300万本が用意されたといわれるが)菊の花である。
もうひとつ、ハッ!とかウッ!とか掛け声をかけながら鎧兜で武装された護衛達が、蟻の這い出る隙間もないほどびっしりと整列している様である。
まだある。夜空を埋め尽くすように、絢爛豪華な花を咲かせる号砲とともに打ち出される花火である。
勇壮な銅鑼の打音とともに、音楽が鼓舞されるように奏でられる。
金箔色と瑠璃色が洪水のように溢れ出す。
贅沢に細工を施された絹の絨毯が、一面に敷き詰められる。
これはほとんど、北京オリンピックの総監督となったチャン・イーモウが、全世界数十億人のテレビを見つめる観客の前で、パフォーマンスした世界と同一ではないか。
「王妃の紋章」は、第79回アカデミー賞衣裳デザイン部門にノミネートされたが、その膨大な衣裳や細工物や舞台美術が、そのまま北京オリンピックの開会式に回されたのではないかなどと妄想したくもなる。
もちろん、中国の威信を世界に伝達するきわめて政治ショーでもある開会式に、そんなけち臭いマネはしないことはわかっているのだが(笑)。
2007年1月、「王妃の紋章」のプレミア上映が開催されたが、そのときチャン・イーモウは北京オリンピックの演出に専念するため、しばらく映画制作は中断すると、表明までしている。
「HERO」(02年)「LOVERS」(04年)と、壮大なスケールの武侠映画を贈り出したチャン・イーモウだが「王妃の紋章」もその流れにある。
この作品の話題性は、なんといっても10年ぶりにかつての公私のパートナーであるコン・リーをヒロインに据えた事である。
そこに、アジア最大の存在感を持つ男優であるチョウ・ユンファと初のタッグを組み、アジア最高の売れっ子ミュージシャンでもあるジェイ・チョウをからめている。
派手である。そして中国興行史上、最大の収益を記録している。
少女のクチパク事件や、CGによる花火偽装で騒がれたりしたが、やはり中国政府が総監督を委託するとしたら、チャン・イーモウが筆頭にあがることは当然であるだろう。
五代十国時代の後唐王国が舞台である。
王(チョウ・ヨンファ)は絶対権力を持つが、誰をも信じない。
王妃(コン・リー)は皇太子である第一王子(リウ・イエ)と血は繋がっていないが密通をしている。
王は腹心の宮廷医の娘(リー・アン)を通じて、王妃の薬にトリカブトを仕込む。
この宮廷医の妻が王の前妻であり、第一王子の生母であり、ひそかにその娘を思慕する第一王子は知らずに自分の妹と近親相姦をしたという複雑さ。
一方、衰弱する王妃だが、溺愛する武勇にすぐれた第ニ王子(ジェイ・チョウ)に重陽の節句の日に王に対する反乱を持ちかける。
誰からも愛されない第三王子もまた、憎悪を膨らましている・・・。
「王妃の紋章」は、「英雄」「LOVERS」などと比べ、ワイヤーアクションを駆使した武術シーンはきわめて少なく押さえられている。
紫禁城を舞台にした、一家の複雑な関係模様の描写に、多くの時間を割いている。
そして、重陽の節句の日に、押さえられてきた集団戦闘シーンが圧倒的な迫力で繰り広げられることになる。
大スペクトラル・ショーである。北京オリンピックの開会式演出にも似て。
中国の三大監督といえば、チャン・イーモウとチェン・カイコーとフォン・シャオガンが挙げられる。
コン・リーは「紅いコーリャン」(87年)で、チャン・イーモウに見出された。そして、「上海ルージュ」(95年)まで、チャン・イーモウとコン・リーの公私にわたる映画人生が続くことになる。
コン・リーは、中国いやアジア最高の女優とも評されることになったのである。
チャン・イーモウがその女優才能を見出したもう一人が「初恋のきた道」(99年)におけるチャン・ツィイーだ。
ここからのアジアン・ビューティーと称されるチャン・ツィイーの活躍は、いうまでもない。
先の「HERO」「LOVERS」のヒロインもチャン・ツィイーである。
面白いのは、「王妃の紋章」と同じ2007年に、再びコン・リーとタッグを組んだチャン・イーモウに意趣返しをするかのように、三大監督のひとりフォン・シャオガンと「女帝」という作品に主演していることだ。
「女帝」も同じく五代十国時代の、陰謀と愛が交錯する宮廷の物語である。
当然のように、コン・リーと比肩する王妃の役はチャン・ツィイーだ。
皇帝の座を兄から奪い取ったのは中国の名(怪)役者であるグォ・ヨウ。チョウ・ヨンファの向こうを張り、冷酷と不信の王を演じている。
チャン・イーモウの「HERO」でジェット・リー扮する刺客と渡り合う秦王を演じたあのグォ・ヨウである。
イケメンのジェイ・チョウの位置にあるのは、王妃と許されぬ愛を交わす皇太子役ウールアンを演じる香港若手トップスターのダニエル・ウー.だ。ジェイ・チョウが怪力無双の驚嘆すべき百人力のパワーで軍団を蹴散らせば、芝居用の仮面をつけたダニエル・ウーは、王の前の歌舞を通じて、優雅なワイヤーアクションで王座に肉迫する。
原案である「ハムレット」の大胆な中国歴史劇への置き換えを意図している。
「王妃の紋章」では「トリカブト」を飲ませじわじわと身体を蝕んでいくのだが、「女帝」では「サソリの猛毒」を仕込んだ盃を、誰が誰に飲ませるのか、というところが見所になっている。
こちらは、重陽の節句の日ではなく、王妃の即位式の日が、武術シーンの最大の見せ場となっている。
「女帝」も、中国では高い興行収益を記録したらしい。
僕としては、1対1、小集団対小集団、軍団対軍団の対決をふんだんにサービス精神たっぷりに織り込んだ「女帝」に、娯楽作としては軍配をあげたいところだが・・・。
中国の観客の取り込み合戦ということもあるかもしれない。
武侠ものあるいは王朝歴史劇ということでは、チャン・イーモウVSフォン・シャオガンや、コン・リーVSチャン・ツィイーに留まらない。
ジャッキーチェンは、地下兵馬俑の隠された大要塞を現代と時空を織り交ぜて「The Myth 神話」(05年)をひっさげて、中国の正月映画興行記録を更新した。
またジェット・リーとの初の共演作品として西遊記に題材をとった武侠カンフー「ドラゴン・キングダム」(08年)を発表している。
チェン・カイコーも負けてはいない。「PROMIS 無極」(05年)で、セシリア・チャン、チャン・ドンゴン・ニコラス・ツェー、真田広之といった豪華な布陣で、一挙に歴史時間を「神話時代」にまで遡った大スペクタル絵巻を繰り広げている。
そうこうしているうちに、ハリウッド・アクションでは最高峰まで登りつめたジョン・ウー監督が三国志を舞台にした「レッドクリフ3部作」(08年~)で、アジアの民衆を鷲掴みにしようとしている。
台湾生まれのアン・リー監督だって武侠映画「グリーンデスティニー」(00年)でチャン・ツィイーを起用し、アカデミー外国語映画賞をとっており、第二次大戦前夜の上海を舞台にした「ラスト、コーション」(07年)のあとは、また歴史武侠ものにチャレンジしても不思議ではない。
これはこれで、愉しいことではないか。
kimion20002000の関連レヴュー
「The Myth 神話」
「PROMIS 無極」
やっぱ、これはオリンピックの前に、オリンピックのプレセレモニー映画として見るべきだったかもです。
昔のイーモウ監督の超貧乏くさい映画が懐かしいですわ。
あたしも『女帝』の方が好きです。映画としても完成度も高かったと思います。
あまり日本では知名度高くないですが、中国ではフォン監督というのはすごいらしいですね。
『イノセント・ワールド』つうのもなかなか行けますよ。
とにかくこの作品はむごい。。。 というのが印象でしたが、よく練ってあると思います。
『PROMISE 無極』も、日本では今1つの興行成績だったと記憶しておりますが、私はこの作品非常に好きだったのを思い出しました。
土壇場の人間の、抗えない煩悩が描かれていましたね。
ですね。予算は武芸大作ものと比べて数十分の1かもしれませんね。
「イノセントワールド」も、グォ・ヨウでしたね。
http://blog.goo.ne.jp/kimion20002000/e/fd9ce54b58f211629b6a7860090acf0d
拙ブロクです。
和田エミさんとか、衣装担当も次から次へと、忙しいことですね(笑)
なお、日本インターネット映画大賞のURLはhttp://www.movieawards.jp/です。
「王妃の紋章」は視覚的にとても豪華な作品でした。
実は私も「女帝」のほうがこの作品よりも好きですが、今のところ最近観た中では「ラスト・コーション」が一番です。
映像的な処理とか、カットとカットの間合いなど、好みに一致する作品が多いので今後も中国の作品のには期待して行きたいです。
最後になりましたが今年もよろしくお願いいたします。
中国映画は、大作も小品も、結構、おもしろい時代だと思いますね。
今年もヨロシクお願い申し上げます。
ちょっと類がないなあ。
多分90年以上前に「イントレランス」を見た観客の驚きにも匹敵するくらい吃驚しました(解りにくい喩えですみません)。
そう、人海戦術ですね。
一糸乱れぬ、統制(演出)です。
現地の安い人件費で、圧倒的な人海戦術の大スペクタルを予定していたが、ずっこけたのは、角川春樹先生の「蒼き狼」かな(笑)