【横浜・金沢区】鎌倉時代の安貞元年(1227)、阿波守長島維忠の子修理佐頼勝が野島山南側山裾に創建したと伝えられ、野島の鎮守として親しまれている。
江戸時代の万治年間(1658~1560)、野島浦の南端に紀州大納言徳川頼宜公の別邸「塩風呂御殿」があって、その東北の方角に向いている野島稲荷神社は鬼門の守り神として頼宜公の厚い尊信を受けた。
稲荷神社の額が掲げられた白い明神鳥居をくぐって境内の参道を進む....石燈籠、手水舎があり、その先の石段を上る。 石段の途中にも石燈籠が立ち、石段両側にはたくさんの白狐が鎮座して神社を守っている。 社殿のある境内の山側に幾つかのお社が....境内社として神明社・船玉社・秋葉神社・金毘羅神社・天満宮・皇大神宮があるらしいが、どれがどれだか分からない。
白い明神鳥居
「稲荷神社」の額 石燈籠そして右奥に手水舎
石段の途中に立つ石燈籠....たくさんの白狐が参拝者を迎える
石段を登りきると正面に社殿が....
社殿の正面....意外に質素な構えだ
社殿向拝の近景
社殿の近景....奥が本殿で手前が拝殿かな?
山側の麓に鎮座している摂社・末社....6社あるがどれがどれか?
摂社・末社
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