【大分・臼杵市】小倉山満月寺の鎮守の杜として創祀されたといわれるが、天正年間(1573~1592)、大友宗麟公の破却により記録などが焼失したため創立などは不詳。
御祭神は大山咋神・大山祇神・菅原神・水分神の四神。 大山咋神は村落の守護神、大山祇神は山林・国土を守護、菅原神は広く学問の神、そして水分神は雨水を分配して五穀豊穣をなす灌漑を司る神。
臼杵磨崖石仏拝観の途中、3体の如来像が鎮座する「山王山石仏」の脇から続く裏参道から日吉神社に向かう。 木造の鳥居をくぐって林の中の参道を上っていくと、丘陵の開けたところの狭い境内に社殿が鎮座。 拝殿脇に大きな覆屋があり、床にシートが被せられているが相撲の土俵と思う。
境内には表参道へと山中へ向かう2基の鳥居が立ち、鳥居をくぐり山中に向かうと木立の中に小さな石祠と強固な石柵で囲まれた石造五輪塔が佇む。 約850年前に造立とされる五輪塔は、表面に削った跡が残り、風輪が大きくて笠(火輪)が小さくバランスが悪そうな造りだ。 地輪がほぼ土中に埋まっている。 この五輪塔は、約850年の間、丘陵から深田の里に暮す人々を見守ってきたのだろう。
「山王山石仏」に戻り、山裾を進んで「古園石仏」に向かうが、途中、日吉神社の表参道の急峻で苔むした狭い石段があり、その前に深田の里を向いて古びた石燈籠と石造明神鳥居が立つ。 額束に破損している石額があり「山王宮」の「宮」の字だけが確認できる。
国宝臼杵石仏の山王山石仏近くの参道に立つ木造鳥居(鹿島鳥居か)/裏参道側から眺めた社殿全景
本殿と切妻造桟瓦葺の拝殿で構成される社殿
質素な造りの拝殿の近景
拝殿内に「山王宮」の額が掲げられている/本殿前には赤色の狛犬の霊獣が鎮座し神様を守護している
流造銅板葺の本殿の大棟に外削ぎの千木と5個の堅魚木が乗る
本殿の左に3基の石祠が佇む
本殿左に佇む3基の石祠..左の1基も祠と思うが珍しい形だ
平成七年(1995)造立の石造明神鳥居越しに眺めた境内..入母屋造りの覆屋がある相撲の土俵(と思う)
境内に立つ2基の石造明神鳥居..左は古園石仏側の表参道石段に、右は石造五輪塔に続く/2基の鳥居の傍に社殿を向いて佇む石祠
雑木林の中に佇む石造五輪塔..近くの石祠に石仏が鎮座/蓮華座に鎮座する半跏趺坐の石仏..尊名は分からず
石造五輪塔は平安末期から鎌倉初期に造立されたとされる
五輪塔..不安定な形状であり、地輪がほぼ土中に埋もれている(地上に出ている部分の高さは1.05m)
空輪の宝珠を請ける風輪が大ぶりの造りで、小さめの笠(火輪)を請ける水輪が楕円形状に彫り出されている
日吉神社の表参道側に立つ古びた石燈籠と石造明神鳥居..鳥居は江戸時代天明五年(1785)の造立
苔むした「山王宮」表参道の急峻な狭い石段/額束の石額が破損していて「山王宮」の「宮」の字だけが判読できる
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