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【茨城・常陸太田市】平安時代の寛和元年(985)、花山天皇(第65代)の勅願で、天皇が護持していた聖徳太子作の十一面観音像を与えられた元密上人が開山したとされる。 創建当時は観音寺と呼ばれ、現在地より西北西に約700メートル離れた鶴ヶ池の北に位置する洞崎の観音山に建てられた。
元密上人は、花山天皇の板東巡礼に随行した一行八人の中の一人。平安時代の保延六年(1140)、観賢上人に帰依した初代佐竹昌義(鎌倉幕府第2代将軍源頼家の子源義光の孫)が佐竹寺を代々の祈願所と定め、寺領300貫を寄進するなど庇護した。 宗旨は真言宗(豊山派)で、本尊は十一面観音菩薩像。 坂東三十三観音霊場二十二番札所。
●11月後半の早朝、JR常陸太田駅からタクシーで佐竹寺に向かうと、7~8分ほどで県道61号線に沿って建つ佐竹寺の門前に着く。 朝陽を燦燦と浴びている仁王門が建ち、仁王門を通して本堂向拝が小さく見える。 門前に上部に佐竹氏の家紋を入れ「坂東廿二番霊場 佐竹寺」と彫られた寺号標石が立ち、傍に明治~昭和期に造立された4基の馬頭観音石仏が鎮座している。
仁王門は古びた感じのする丹塗の身舎に新しい桟瓦葺屋根を乗せたようで、少々違和感がある。 門の左右に仏法を護る現代風の像容の仁王像が鎮座している。 後日、ネットで調べたら、平成期に修復されたとのことだが、修復前の像容とは大きく違っていて驚いた。 仁王門の上層に山号「妙福山」の扁額と佐竹氏の家紋「日の丸扇」が掲げられている。
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△左側を走る県道61号線に沿って、鬼門の北東を向いて建つ仁王門と奥に本堂
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△仁王門前に立つ佐竹氏の家紋を入れた大正四年(1915)造立の寺号標石と傍に鎮座する馬頭観音石仏が鎮座/寺号標石の上部に佐竹氏の家紋「日の丸扇」を入れ、「坂東廿二番霊場 佐竹寺」の刻
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寺号標石の傍に鎮座する自然石を用いた大小4基の馬頭観音石仏
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△左側の2基の馬頭観音石仏....後方は造立年不詳、手前は昭和十八年(1943)の造立/右側の2基の馬頭観音石仏....後方は明治三十六年(1903)の造立で「馬力神」の陰刻、手前は大正十一年(1922)の造立
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△入母屋造桟瓦葺の仁王門(楼門)....江戸時代宝永五年(1708)の創建で、昭和十五年(1940)に再建された
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△軒廻りは一軒疎垂木、組物は柱上の台輪に舟肘木が乗る、中備なし....下層左右の金剛柵の中に阿形吽形の仁王像が鎮座
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△仁王像は宝永五年(1708)の造立だが、平成二十八年(2016)に修復されたようだ....修復前後の像容はかなり違う気がする
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△修復前の仁王像(NETから拝借)....修復後とは頭部や体型など像容がかなり違うようだが….
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△上層中央に「妙福山」の扁額と佐竹氏の家紋「日の丸扇」(金色の地)の扇が掲げられている/柱頂部に禅宗様式の粽が施されている
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△大棟端に佐竹氏の家紋を入れた獅子口、拝は破損しているが蕪懸魚(と思う)、妻飾は目の粗い狐格子/上層周囲に擬宝珠高欄付き切目縁
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△仁王門の背面に置かれた獅子口....「昭和壱拾五年 仁王門再建時の鬼瓦」とあるが、佐竹氏の家紋を入れた獅子口
●家紋を入れた暖簾が下がる仁王門をくぐって本堂に進むと、境内のほぼ中央に銀杏の古木が聳え、その周りに散り落ちた黄色い葉がまるで絨毯を敷いたようだ。
本堂に近づいて驚いた。 何と、堂前の柵と身舎の桟唐戸に「撮影禁止」の標識が貼られているのだ。 本堂を拝観する前に、まずは、本堂前の境内に鎮座する巡拝塔などを先に拝観した。
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△佐竹氏の家紋を入れた暖簾が下がる仁王門を通して眺めた境内....本堂と手前に手水舎
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△寄棟造茅葺の本堂を囲む板柵と身舎の桟唐戸に「撮影禁止」の標識が掲げられている
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△境内参道脇に建つて簡素な手水舎....境内に石碑、石仏、稲荷神社などが鎮座している
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△切妻造銅板葺の水屋(手水舎)....新型コロナが終息するまで水屋の使用中止とある/手水鉢は文政三年(1820)の造立
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△本堂脇に鎮座する境内社の稲荷神社....切妻造桟瓦葺の覆屋の中に社殿がある
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△紅葉のある参道に神明鳥居を構えた稲荷神社....左側に県道61号線が走っている/扉の連子窓から覗いた流造杮葺の稲荷神社社殿....多くの神使の狐に護られている
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△境内に鎮座する浮彫りの布袋尊像....七福神の中で唯一中国で実在した僧侶また後世布袋尊は弥勒菩薩の化身といわれるようになった
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△境内に鎮座する巡拝塔の六十六部供養塔....刻字の摩滅が激しいが「大乗妙典」「六十六部」など、そして宝暦の年号が確認できる
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△いずれの巡拝塔も摩滅が激しく造立年が分からない/宝暦の造立とみられる巡拝塔
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