路隘庵日剰

中年や暮れ方近くの後方凡走

いっせいにたなびく霧や夏至祭

2012年06月20日 | Weblog

 夏は来ぬ、の頃なのに台風まで来てしまって、それもケッコウなカンジで、(少なくとも報道では)ヤレヤレである。
 大雨も大風もキライ。

                            

 徳冨兄弟がらみで、架蔵する蘆花本を出してきた。
 徳冨健次郎 徳冨愛『日本から日本へ 東の巻 西の巻』(大正十年 金尾文淵堂)

                            

 奥付の後ろにズラズラと新版経過が載っていて、大正十年二月十八日初版で四月二日でもう26版である。当時の蘆花人気を物語る。
 蘆花は大正八年一月夫婦で一年二ヶ月の世界旅行にでかけ、これはその旅行記。で夫婦共著の体裁。なんとも豪儀なことである。

 函入り2巻本、スピンもちゃんとついて天金。背の著者名は、徳冨健と愛、と読める。「東の巻」が618頁で「西の巻」が836頁だから厚さもだいぶ違うがどちらも正価金五円。で、なんと横書き。

                            

 
  「五十一歳の私徳冨健次郎と、四十五歳の妻あいと、婚後二十五年、新しくもない夫婦が、卒然としてアダム、イヴの自覚に眼ざめたのは、実に此紀元節の天明であったのである。」


 大正八年の紀元節に蘆花夫妻は第二のアダムとイヴ、日子と日女との自覚に達し、この年を新紀元第一年と宣言して、そんでもって世界旅行に卒然出かけるわけである。なんかオカルトっぽくなってるなあ。
 ともかく、蘆花はこの5年後に死ぬわけだけど、(例の伊香保の兄弟の和解ですな)晩年は、というか後半生ちょっとヘンテコである。

 それにしても、結婚25年の夫婦が突然アダムとイヴの自覚に目覚められてもナア、ということではあります。