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「ムーン・パレス」 ポール・オースター

2016-11-08 01:43:51 | 読書
 
前回、単行本で読んでいたが、文庫本で再読。何やら改版とある、何が改訂されたのだろうか?
単行本で買ったのは1994年。その辺りで読み始めただろうから、丁度、大学を卒業し、大学院に進もうかというところだったろう。そんな時期だから、この話がすっと入り込んだのかもしれない。
このムーンパレスはポールオースター作品に接した初の作品だ。初めて読んだ作家の作品がのちに自分に印象を残すことはそうはない。正直、どんな話か全然記憶にないわけだが、断片的な場面が心に残っている。
再読して、やっぱりオースター節が炸裂。それ以降の作品に見える物語設定がすでにこの作品からあったのだ。主人公のマーコはそもそも父親のいない私生児だ。しかも、母親は11歳の時に交通事故で失っている。そして、それ以降は母親の兄である伯父のビクターに引き取られている。だが、その伯父は独身であり、下手なクラリネット奏者で定職は無く、収入は不安定。ただ、親子関係以上の信頼関係で結ばれた仲。そんな伯父もマーコが大学に入って直にこの世を去る。完全に孤独になったマーコは生への執着を無くしていく。伯父さんから譲り受けた本を少しずつ売りながら生き繋いでいく。こう書くと悲壮感があるが、楽観的だ。
遂にホームレス状態になる。都会の中では自分を客観的に見てしまうため居心地が悪い、しかし公園では自分の回りに壁を作ることができかえって過ごしやすい。面白いのは、自分が何かしら欲求を持つと、それは叶わないと言うジンクス。逆に望みを持たないと思いがけない助けが訪れると言うものだ。空腹を意識してしまうと、食べ物にありつけない。空腹になると胃が悲鳴をあげ、食べたいと意識せざるを得ない。すると食べ物はやってこない。むしろそのチャンスを遠ざけるのだと言う。そして、もう限界だ、ここで終わりだと諦めたとたんに、不思議な引きで食べ物にありつく。そうして生き延びるとまた一からスタートとなる。このギリギリのもどかしさ。
公園のゴミ箱まで漁るようになった。ある日豪雨に見舞われ、風邪だかインフルエンザを発症し、遂に倒れてしまう。意識が朦朧とするなか、偶然なのか奇跡なのか、友達のキティとジンマーによって発見され、助かる。
3章が始まる。体力はまだ回復せず、ジンマーのアパートで居候させてもらう。ある日、叔父の形見のトランペットのケースの中から徴兵検査の通知が入っているのを思い出す。日時を確認したら丁度翌日だ。徴兵検査をサボると刑務所行きだ。からくも前日に気づき、何とかフラフラになりながら検査場に向かうことができた。主人公は徴兵には絶対拒否と言う考えなのだが、免れるための何の用意もなく検査を受けることになったわけだ。結果は元より不合格だった。体力の低下が理由ではなく、直近2年の奇行とも言える生活を説明した上で、寧ろ精神的に不合格となったのだった。キティと近づいたあとは翻訳の仕事の手伝いをして社会復帰。
4章はエフィングと言う一風変わった老人を介護する仕事にありついた話。この老人は足が不自由で目も見えない。口が悪くマーコにも悪態をついてばかり。嫌気がさす主人公ではあるが、世話(というのか、相手)を続ける。あるとき老人が自分の死亡記事を書こうと言う。自分の生きた足跡を残すため。その際にラルフ・アルバート・ブレイクロックという画家の絵を見に行け、それを見たときの印象を心にとどめるよう言われる。このブレイクロックという画家のことは全然知らない。始めに読んだ自分が大学4回辺りの時にはインターネットなどなかったので、オースターの創作した画家で、小説の材料のひとつだろうと思っていた。今、2016年、インターネットで検索すると実在しているのだ。これは驚き。実はネットで検索しても情報量は少ない。全然関係のない検索結果の方が多い。しかし、このブレイクロックの絵を見ることができた。確かに、ぱっとしない絵かもしれない。ノーマンロックウェル的な、開拓期のような、カントリー的な雰囲気の地味な絵だ。しかし、どこか神秘的な印象だ。インディアンなど先住民の神秘的な思想や空気感を表している。デヴィッド・シルヴィアンの「ゴーン・トゥ・アース」のインスト編の雰囲気と重なる。
老人エフィングは若かりし頃、友人バーンを相棒に旅に出る。スコーズビーという現地のガイドを見つけるが、悪いやつで、自分達の志を全く理解しない。ついにはバーンを瀕死の目に遭わせ、自分達を捨て去っていく。友人が死んだことで半分狂乱状態になるエフィング。何もない荒野で死を覚悟したエフィングは洞穴を発見する。中には十分な食料と、一人の死体。死体は埋葬し、その食料で食いつなぐ。いずれ、その死体を死体にしたグレシャム兄弟が犯罪で得た金銀財宝を馬に担いで戻ってきた。無我夢中でエフィングはその兄弟を殺害する。残ったのは金銀財宝だ。それを思わず我が物とする。
ここでもオースターらしさ。つまり、どん底から、あるきっかけで大金を手にする。そのギャップと、手に入れ方だ。きれいな手段で手にいれるわけではない。偶然かつ正攻法ではない手段で手に入れる(というか、手に入った)。全く、嘘のような、寓話的だ。宝くじが当たって突然金持ちになったようなものだ。
その後エフィングは洞穴を出て、放蕩の限りを尽くす。しかし麻薬に手を出した途端に人生は変わる。p325あたり。
結局足が使えなくなったのは、金持ちになり浮かれていたところに暴漢に襲われ、頭を殴られて命は残ったものの足に後遺症を残した。
自分の死亡記事を書き終え、それを一度もあったことのない自分の息子に、探し出して、遺産ともに渡すよう頼み、この世を去る。
エフィングの息子は巨漢の歴史学者だ。何とか見つけ、エフィングから託されたものを届けることができた。不思議と意気投合する2人、マーコの恋人であるキティと楽しい生活が続く。ここからは、とんでもない展開が続き中身をとても書くことはできない。
相変わらず、突然望みもしない大金が転がり込んできて、呆気なく消えてしまったり、やっと巡り会えたと思ったら、既に別れのカウントダウンが始まっていたり、思わぬ人が思わぬ繋がりがあったりと、オースター的なストーリーがめくるめく、本当に雪崩のごとく飛び出してくる。
マーコは初め無気力な青年で、自ら世捨て人になるかのごとく全てを捨てていくのだが、やがて、友人や恋人、様々な人と出会い、反対に満たされていくかに見えた。ところが最終的には、自分が望まないのに全てを失うのだ。ところが、そこから自分の新しい人生が始まるのだと、人生でもっとも前向きな気持ちが湧いてくるのだった。
最後の、あっという間の喪失、それに対して新しい人生への期待感が合わさり、何とも言い様のない、ほろ苦い読後感だ。
 
因みに、雪山で遭難した父を偶然見つけた息子が、氷のなかの父親が、自分より若いことに衝撃を受ける。というエピソードはこのムーンパレスだと記憶していたが、勘違いのようだった。
また、中盤もそうだが、後半など全く内容を記憶していなかった。本当に一度完読したことがあるのだろうか?まあそのおかげで完全に初読気分で楽しむことができた。
 
20160921読み始め
20161108読了

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