本の写真がないので映画版のDVDの画像
文庫本、単行本すべてが絶版していたので図書館で借りて読んだ。西条市図書館だ。
豪姫は前田利家の四女で宇喜多秀家の正室だ。1992年に宮沢りえ主演で映画化されている。全然知らなかったが、古田織部が語り手として話が進行するのだ。原題は「たんぽぽの歌」というほのぼのとしたもので、後に「豪姫」と改題されて文庫化されてもいる。しかし、今や絶版。結局は図書館で借りることにした。
話は利休切腹後から始まる。シリアスではあるが軽妙で、気楽な雰囲気の話で思ったより引き込まれる。織部は秀吉から、なぜ利休は切腹させられたか自分に質問してみろと言う。恐れ多いことだが、質問しなければしないでうるさいのでしぶしぶ聞いてみる。大徳寺の利休像の件、不当に高値で物を売った件、娘を秀吉に捧げなかった件等々。しかしいずれも核心ではないとはぐらかされる。豪姫が織部の邸にいきたいと言うので、共に邸に帰ると蒲生氏郷が勝手に上がり込んで肘をたてて横になっている。古田のおやじ、と気さくに声をかける。豪姫からも古織のおじと呼ばれていて、気さくな人物だ。男勝りな豪姫に清々しいものを感じている。蒲生氏郷も豪姫を気に入る。豪姫自身は今のところ脇役で、織部と氏郷の人生観が互いに交わされる。氏郷は伊達政宗の監視として奥州にやられる。政宗は氏郷を茶に招いて毒殺しようとするが、それを察知しあらかじめ嘔吐剤を飲んで出かけ、毒を盛られた直後、全部吐き出して事なきを得たというエピソード。これは氏郷の妄想かもしれない。ただそのあと脳が思考停止しやすくなるという後遺症が残ったという。氏郷、織部の会話は、利休と秀吉の関係や細川忠興、幽斎親子、高山右近とそれを庇護する前田利家の話など問答が繰り返される。織部と氏郷は、ごろ寝で問答する、気楽な感じがいい。一緒に酒を飲んですぐに寝てしまった豪姫が、突然目を覚まし、織部の下男のウスを供に帰っていった。その直後に外で刀が斬り合う音が聞こえ、氏郷はとっさに太刀を取って外に出る。織部もついていく。外で騒ぎを起こしているのは、覆面の者たちと、豪姫・ウスであった。その覆面の者たちは実は秀吉であった。豪姫のやんちゃを諫めようと秀吉が乗り込んできたらしい。この辺りの秀吉の気軽さが面白いし、直前に察知した氏郷も媚びへつらうところがない。そして、邸に勝手にあがりこまれた織部も肝が据わっている。氏郷と作法そっちのけで寝ながら茶を飲んでいた後を見られたら秀吉に咎められるかもしれない。実はウスの機転でその痕跡はきれいに片付けられていた。石田三成が秀吉を迎えに来て、豪姫を諌めつつ共に帰っていく。
次に細川忠興が登場。気の短い人間は人生も短いという人生観を語る。忠興自身は気が長いと思っているようだ。昨日氏郷は忠興を訪ねており、その時河原で利休の首が、大徳寺にあった利休の木像で踏ませてさらされていたという。そんな話をしていた。昨日の織部邸の外での騒ぎは、ウスが利休の首を奪い取ったというのが真相らしい。
利休の首を娘の吟に届けるためであったが、受けとると吟は自害して果てた。衝撃を受けたウスは織部の元に帰り伝えた。どうやらお吟は利休の娘ではなく妾だった。
侍の生き方に嫌気がさしたか、ウスは織部の元を去る。去る途中でウスは刺客から襲われる。織部はそれに気付き助けようとする。自ら名乗って刺客を引かせようとした織部だが、その上で、織部とは知らない振りを決め、邪魔立てするなら、ただの老人として斬るという。一立回りするウス・織部と刺客。ピンチを救ったのは何と、どこからか現れた豪姫だった。ただウスは鉄砲により耳を欠けさせられた。それをかいがいしく手当てする豪姫だった。実は前日、豪姫の寝所に忍び込んだウスは豪姫と交わっていた。ウスの鉄砲で吹き飛ばされた耳を手当てし、自ら半裸になりさらしで傷を塞ぐ。官能的な場面。ウスは去っていく。それを見送る織部と豪姫。そこで豪姫は自分が宇喜多秀家に嫁ぐことを告げる。
そこで織部雑記帳が終わる。
次にウス雑記帳が始まる。
耳の傷によって意識朦朧と雪道をさ迷い倒れるウス。それを助け、自分の小屋に連れ帰り手当てをする老人。老人は仙人のようで、山奥の小屋で全て自活できるすべを知っている。そこで弟子のような息子のように共同生活を送る。老人はジュンサイという。昔、大名に仕えていたという。その大名は百戦錬磨の優れた猛将であったが、キリスト教に目覚め、大名という仕事を捨てキリスト教を選んだらしい。そんな自分の上司を不甲斐なく感じつつ、自分はいつか元上司の旗印の元、再挙しようと戦狩りをして、武器や武具を集めては小屋に蓄えていたのだ。再起を呼び掛けようと元上司に面会したジュンサイだが、すっかりキリスト教にはまり、戦う意欲を無くした上司。失望して小屋に帰るジュンサイ。戦場で、馬上で死ねぬなら、女の上で死のうと考えたジュンサイ。そうして一人の女を北之庄で買い、小屋に連れ帰り、その通り女の上で死のうとしている。もはや死を覚悟している。最期は腹上死。遺書にはその女を元上司である高山右近に届け善きに計らってもらうよう書かれていた。高山右近という誰もが知る大名であることを知ったウス。女を届け、いいようにしてもらった上で、右近はウスに自分の部下にならないか持ちかけられる。しかし断る。
ある時一人の気品ありげな女が馬に乗り歩いているところを盗賊に襲われるのを目撃した。女を助けたウスだが、その女が豪姫であることがわかる。自分の屋敷といっても、その小屋の方に迎える。
しばらく住むが豪姫から古田織部のところへこっそり様子を見に行ってほしいと頼まれる。最近は清韓和尚を接待して家康から怒りを買っているし、利休もしかり年を取ると何かとタテをつきたがる。そんな織部の振る舞いを気にしている豪姫。それを聞いて織部の身に何か不穏なものを感じるウスだった。
古田織部の元に行くと、陣屋回りをしている途中の織部に出会う。その途中で竹藪に入り花生けにつかえる竹を切ろうとする。その折に鉄砲で狙われ頭を怪我する。このエピソードは有名だ。これは武人としてふさわしくない振る舞いに対して天から鉄槌を下されたと思う織部。しかし逆に言えば茶人としては認められたことと考えられると喜ぶ。
ウスは杵太郎という少年を供に付け大阪城へ行ってくれと頼まれる。織部の作らせた焼き物を託される。大阪城へ向かうと途中で木村宗喜という織部の部下と会い、秀頼の侍従として使えている織部の息子の九八郎への届け物をあづかる。そしていざ大阪城の手前で、高山右近の部下から、届け物は確かに届けるが、ウスたちに用はないとして帰される。織部よりもう帰ってこなくていいと言われていたため、加賀の豪姫の元へ行く。杵太郎は豪姫の元に仕え、ウスは山小屋で自然の中で再び生活を始めた。
半年経った時、杵太郎がウスの元にやって来て、豪姫のところへ来てくれと伝える。豪姫の元に行くと、(大阪夏の陣が始まろうとしている)いよいよ織部の身が危ういと知らさせる。織部の部下の木村宗喜が謀反の疑いで捕縛された。織部もその責任を追及されている。茶人というのは、こだわって意地を張って命を落とすと悟った豪姫。利休しかり、織部もしかり。織部は家康に盾つき、キリシタンに義理立てた。
豪姫はウスに織部に会いに行けと命じる。後で思ったのだが、それは織部の切腹を見届けよということだったのだ。織部を助けるだの云々ではない。死は確定しているのだ。ただ自分は織田、豊臣、徳川と時の権力者にうまく懐柔して生き延びてきた前田利家の家系のものであり、徳川秀忠と縁のある前田忠利につながる身であるため、かどが立つため大っぴらには動けない。そこでウスに見届けて来いというのである。
織部の邸の床下に忍び込むウス。昔ながらの暗号で織部を呼び出す。それに気づいて縁側に出てくる織部。ただしウスは隠密のため床下からは出てこれない。織部のそれがわかっている。床を通して対面することなく再開する織部とウス。ウスはすぐさま、先だって預かった織部の焼き物一対を床下から差し出す。それを見ながら織部は、ウスと豪姫との思い出を懐かしむ。織部は既に死を覚悟しているのだ。この場面が寂しい。
やがて京都所司代の者がやってくる。つまり切腹を命じるためだ。織部はウスにうまく逃れよと言う。しかしそのあともウスは床下に忍んだまま織部の最期に立ち合う。
織部は史実では切腹をしたと思われた。ここでは、、茶人としてなら千利休のように切腹でもしよう。しかし自分は武人だ。ならば戦って死にたい。という思いがよぎる。時世の句を詠んだ後、気が変わったように切腹はやめた。見届け人 、つまり家康の代理人に刃向かいたくなった。そして、刀を抜いたが、見届け人らによって斬られて死ぬ。この辺りの解釈は斬新だ。それでいて詩情豊かだ。
それを床下で見届けた(聞き届けた)ウスは加賀の豪姫の元に帰り伝える。
かつて、ウスが利休の妾のお吟の自害を見届けた後、心のわだかまりのはけ口として、豪姫の寝所に忍び、豪姫を抱いた。今度は豪姫がウスの寝所に忍んできて織部の最期の始終を聞く。そしてウスをつき倒し、かつてお前はおれを抱いた。あのときのようにおれを抱くか?それともおれがお前を抱いてやろうか?というラストだ。何とも感動した。
映画もほぼ原作に忠実だ。合わせて読むと感動も深まる。
豪姫や古田織部、蒲生氏郷、細川忠興、高山右近など著名な歴史上の人物が出てくるが、人物の伝記を物語風に書いたものでなく、登場人物の心を、創作に違いないが、それを中心に書いているので素晴らしい。井上靖の本覚坊遺文に匹敵するくらいの小説だ。これが絶版になっているのは残念だ復刊してほしい。また他の著作も読みたい、これが作者の作風なのか、この作品だけのものなのか。あいにく富士正晴の著作はほぼ絶版だ。惜しい。

20190415読み始め
20190425読了
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