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「敵の名は、宮本武蔵」 木下昌輝

2020-03-04 19:49:52 | 読書

「有馬喜兵衛の童討ち」
有馬喜兵衛は鹿島新当流の免許皆伝者。童を大筒の標的にしてしまったことで、非道の人物として国を追われていた。今では遊女と暮らし博打で生きている。賭場で宮本無二と知り合う。その息子が弁助という後の武蔵だ。父親の無二から、名のある武芸者と決闘し勝ったら元服させると言われている。喜兵衛は胃がんで祖父も父も亡くしている。そんな自分も胃がんの疑いが出てきた。病気で死ぬよりは弁助と勝負して死ぬ方がいいと、決闘の場に向かう。宮本の仕える新免氏は宇喜多家に仕える前は後藤家に支えていた。後藤家が宇喜多の大軍に攻められたときに新免家はわずかの援軍しか送らず見殺しにしたらしい。少し「宇喜多の捨て嫁」とのつながりが見られた。しかしこの短編などは山田風太郎を彷彿とさせる。
「クサリ鎌のシシド」
シシドは子供の頃異人の人買いに買われた。そこで自分に良くしてくれる千春という少女と知り合う。ある日千春は武家に買われたが千春を助けるため、その武家を殺してし逃亡する。
それから20年の年月が過ぎ、クサリ鎌の達人になったシシド。村の用心棒として金を稼ぐ日々。町へ出ると千春に似た女郎に出会う。その女に絵を描いてやっている男がいた。それこそが宮本武蔵。シシドは武蔵と対決することになる。シシドは侍ではないため決闘の流儀は知らない。それゆえあらゆる手段を駆使して戦うことができる。そのためあるところまでは互角に渡り合えた。そしてこれは叶わぬと見るや逃亡した。しかしその背後を武蔵の弟子に斬られる。瀕死の状態で逃げるが遂には武蔵一派に囲まれる。武蔵は弟子達からシシドの首を斬るよう促される。その時、千春とおぼしきあの女郎に金を届けてやってくれと託す。しかし首を取られることはなかった。金さえもらえばそれでよしとされたのだろうか。ここでも武蔵は影のような存在で、むしろ冷酷で無感情な人物のように表現されてきた。しかし、最後シシドの首は取らなかったことで、必ずしもそうではないことが示唆される。
「吉岡憲法の色」
吉岡の剣術は代々頭領が憲法を名乗る。憲法は名前を受け継いだものの剣術ではなく、どちらかというと染め物の方に興味を持っている。ある日策伝という僧の元に染物を持っていく。そこで、真黒な水墨画を目にする。それは宮本武蔵の画であった。剣で対決することは、京都所司代によって禁じられている。そこで二人の剣豪を剣ではなく、憲法の染物と武蔵の画を一堂に会し対決させようとしたのであった。作者の芸術に対する造詣がなかなか深い。宮本無二の一番弟子青木がちょっかいをかけに吉岡憲法のところに現れる。そして憲法をあおって武蔵との対決へと陥れるために自ら対決する。その勝負は憲法が青木の耳たぶを切ってひとまず収束する。しかしそれをきっかけに京都所司代の立ち合いの元対決することになった。ただし木刀で、そして寸止めにするという制約付き。なかなか青木が悪どい。宮本武蔵も我々が史実で知っているようにヒーロー的な存在ではなく、悪意はないのだろうが、対決のためなら非情になるというような、冷酷なイメージだ。対決当日木刀による対決で死闘を繰り広げる。武蔵の剛剣によって右手の指を負傷するが、左手で武蔵の剣を受け、その油断させた隙に武蔵に一太刀を加えた憲法。武蔵は額を割られ、出血する。勝負はついたと思われるが、憲法の一太刀は皮を切っただけに過ぎず、左手を砕かれ右手の指を同じく砕かれた憲法は自ら負けを認め、引退を表明する。そして本来の自分のやりたいこと、染物に集中することにした。この対決で見いだした色が、憲法黒という、黒ではない絶妙な黒色だった。この話もなかなか味わい深い。
「皆伝の太刀」
ここに来て武蔵が優しくなる。冷徹な心でもって相手を倒すことだけしか考えになかった武蔵に感情が見え始める。逆に周りの青木達がそれを心配する。そして宮本無二に武蔵が腑抜けてしまったと伝える。武蔵は剣画之会に出入りするようになり、他流の剣士と剣法ではなく、画力を競い出すようになる。ここに武蔵に非情さを取り戻させるべく無二が登場する。剣画之会の柳生新陰流の剣士2人を、巌流小次郎と騙り殺害する。対決のシーンの描写がうまい。文学的というよりむしろ劇画風ではあるが、それは横に置いておいて素晴らしい。作者には剣士ものをこれからも書き続けてほしい。
「巌流の剣」
鹿島新当流皆伝の遠山。津田小次郎は美作の新免家家老の嫡男本位田外記の弟子で、外記は宮本無二の弟子。3人は朋輩同士。宮本無二一派によって遠山は討たれ、外記も自身と不倫相手とその間にできた赤ん坊を無惨にも殺されてしまう。小次郎は復讐に燃える。宮本無二に外記が味わった苦しみ、子を殺される苦しみを味わわせようと誓う。それが巌流島の決闘に繋がるのだ。宮本無二の息子と思っていた武蔵の本当の出自が明らかになる。
「無二の十字架」
出ました。非情で冷酷だった無二だが、元々は忠義に厚く、心ある人間だったという急展開。先の章で無慈悲にも本位田外記とその不倫相手子を殺害した無二であるが。もとはといえば主である新免宗貫の命令によるものだった。不倫相手の於青と外記、無二は幼馴染み同士だったのだ。外記は於青が好きだったが無二を超える強さがなければふさわしくないと武者修行に出る。その間に於青は新免宗貫の側室として取られる。外記は於青と通じ子供ができる。その制裁のため無二に外記と赤ん坊の殺害を命じる。そうすれば於青は再度側室として迎え、命は助けるとした。逆らえば3人とも誅殺すると。また苦渋の選択を迫られる。無二は、赤ん坊を自分の子として密かに育て、無二や本当の父親である外記を超える剣士に育て上げる。そしてその子の手によって殺されようと決めた。無二はキリシタンであるため自ら死ぬことは許されない。
もう誰が悪なのかわからなくなる。この段階では新免宗貫が一番悪いということになる。少年ジャンプに出てくる漫画、特に北斗の拳(しか知らないというのもあるが)的なストーリー展開。
「武蔵の絵」
吉岡憲法、現在は染色職人の吉岡源左衛門が登場する。武蔵との対決のあと右手の指と左腕をつぶされたため剣を捨て染物の世界に転職したのだ。その吉岡が数十年後宮本武蔵はその後どうなったか気になり会ってみようとする。宮本武蔵は九州で庵を作りそこで修行をしているという。吉岡はそこを訪ねるがあいにく武蔵は旅に出て不在という。代わりに出てきたのは青木丞右衛門だった。青木は宮本無二の一番弟子であり武蔵の目付でもある。かつての冷酷な男はなりを潜め、丸くなっていた。吉岡が帰ろうとしたところ、青木は武蔵の絵を見るよう促す。それを見た吉岡は、武蔵のかつての生と死しかない単一の墨の絵ではなく、そこに色を見た。それに満足して帰るのだった。ここでは宮本武蔵は登場しない。そして剣の話ではなく、絵と染の話だ。それまでスプラッターな血みどろの描写が続く結末が続いていたが、そこ(芸術)へ帰結させる作者の手際にただならぬ才能を見た。

有馬喜兵衛の童討ち
20200225読み始め
20200225読了
クサリ鎌のシシド
20200228読み始め
20200228読了
吉岡憲法の色
20200302読み始め
20200302読了
皆伝の太刀
20200302読み始め
20200303読了
巌流の剣
20200304読み始め
20200304読了
無二の十字架
20200304読み始め
20200304読了
武蔵の絵
20200304読み始め
20200304読了


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