ブルーバックスの最新刊ということで興味のある分野なので衝動買いしたが、著者の櫻井武は神経科学者であのオレキシンを発見した人物だそうだ。
P33。興味深い記述。「味、におい、色などは意識の中だけに存在する。だから、もし生物が存在しなければ、そのような感覚はすべて消えてなくなるであろう」これは、かの、ガリレオ・ガリレイの言葉らしい。これはまさしく唯識ではないかと思った。あとでガリレオ、唯識でGoogle検索したが目ぼしいものは引っ掛からなかった。
ジェームズ・ランゲ説。感情は全身の状態を脳が認知することによって引き起こされる。つまり、末梢から中枢への流れ。
キャノン・バード説。情動は脳に端を発し、身体の反応は脳からの信号を末梢臓器が受け止めて起こる。こちらは中枢から末梢への流れ。
しかし現在では中枢を発し身体反応が起こり、それが中枢にフィードバックされてより強い情動を引き起こすと考えられている。
情動は全人類に共通で生来持っているものだが、その後の経験を経て常に書き換えられている。
この本で言うこころと言うのは、情動のことなのか?だとすればあまり興味のない分野だ。
p88。太宰治の「斜陽」の引用。主人公かず子の母はヘビが怖い。夫がなくなる直前に枕元に落ちていた紐を拾おうとしたらそれが蛇であった。その驚きと恐怖が蛇を恐れるようになったと言うことだ。これはカズオイシグロの「遠い山なみの」でもよく似た場面があってイシグロは太宰を引用してたのだろうか。それはともかく、そのときに抱いた感情が記憶を変質させると言うことだ。
p133。大脳皮質は精密な物理情報を処理する。大脳辺縁系は情動的側面を処理する。皮質だけだと状況を感じているだけにすぎない。そこに恐怖などの情動が加わって、行動を起こすように働きかける。
p144。記憶には陳述記憶、作業記憶、手続き的記憶などがあり、それぞれ別の記憶であり、別の脳部位で担われている。
p148。海馬は記憶に関わっている。短期の記憶は、海馬のニューロンであるパターンを形成し、時間がたてばそのパターンが大脳皮質に移り、記憶自体は大脳皮質が担う。
p152。扁桃体は情動に関わる。特に恐怖を感じる。海馬の後方に位置する。恐怖はおしなべてネガティブな感情と言い換えられる。アクセルに対するブレーキのようなものか。危険に突っ込んでいってしまうのを避けるため。
p168。こちらは反対にアクセルとも言える報酬系。腹側被蓋野のドパミン作動性ニューロンから前頭前野に分泌されたドパミンは主観的な快感を増幅する。
報酬予測誤差の仕組みにより、予想外の報酬を得ることで興奮し、依存性を持つようになる。
意識のハードプロブレムに触れる書ではない。「こころ」という情動を解説する話だ。最終章は脳内物質、モノアミンや、神経ペプチド、ホルモンが情動や気分にどう影響を及ぼすかという話が出てくる。オレキシンが出てきて著者の専門分野が登場する。
人間や下等動物にも行動するための基本的なプログラムが組み込まれている。無意識に行動するといったものだ。歩くなど。
周囲の環境を感じることで反応する。反射だ。そこに情動が関わって学習したり、記憶が強化されていく。
恐怖や喜び(快楽)がそれぞれブレーキ、アクセルの役割を果たすのはよくわかる。そうしないと、ただ反射的に行動していたら、危険を危険と思わず飛び込んで行ってしまうからだ。そうすれば自滅だ。そうやって生き延びるすべを獲得していった。反対に快楽は子孫を作るために獲得した情動だ。自分たちの種を残すために情動を生み、脳を発達させたと考えられる。
環境に反応して、それに対する行動を機械的にしていて、意識というものを一見持っていないと思われる微生物は、なぜ絶滅しないのだろう。死滅するより速く増殖するからだ。では、高等生物が細胞分裂して短期間で自分自身を増やすのをやめて、複雑なシステムを構築してまで生き残ることが至上命題とすることにしたのだろう。人間自体も細胞レベルで見れば一日にいくつもの細胞が死滅し、新しい細胞が分裂によって生まれている。人間の細胞レベルで膨大な死滅と生成が繰り返されながら、その複合体である人間をわざわざ造って様々な手段を講じて生命を維持し、子孫を残そうとする。この意図は何なのか?
宇宙には様々な疑似生命があるとする。原子があり、成り行きで反応し別の高分子の物質でできる。それらが反応して成り行きで新たな反応系ができる。それはいろんなパターンがある。その一つが我々人間。言ってみれば自然が色々な「試し」をして遊んでいる中に我々人間ができたともいえる。
我々人間が、人間と思っているものが人間であるといえるのだろうか。宇宙には自分こそが人間と思っているものがあるかもしれない。しかし意識を持っているということは何なのだろうか。
20181101読み始め
20190601読了