カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ハル は バシャ に のって

2019-04-05 | ヨコミツ リイチ
 ハル は バシャ に のって

 ヨコミツ リイチ

 カイヒン の マツ が コガラシ に なりはじめた。 ニワ の カタスミ で ヒトムラ の ちいさな ダリヤ が ちぢんで いった。
 カレ は ツマ の ねて いる シンダイ の ソバ から、 センスイ の ナカ の にぶい カメ の スガタ を ながめて いた。 カメ が およぐ と、 スイメン から てりかえされた あかるい ミズカゲ が、 かわいた イシ の ウエ で ゆれて いた。
「まあ ね、 アナタ、 あの マツ の ハ が コノゴロ それ は きれい に ひかる のよ」 と ツマ は いった。
「オマエ は マツ の キ を みて いた ん だな」
「ええ」
「オレ は カメ を みてた ん だ」
 フタリ は また そのまま だまりだそう と した。
「オマエ は そこ で ながい アイダ ねて いて、 オマエ の カンソウ は、 たった マツ の ハ が うつくしく ひかる と いう こと だけ なの か」
「ええ。 だって、 アタシ、 もう なにも かんがえない こと に して いる の」
「ニンゲン は なにも かんがえない で ねて いられる はず が ない」
「そりゃ かんがえる こと は かんがえる わ。 アタシ、 はやく よく なって、 しゃっしゃっ と イド で センタク したくって ならない の」
「センタク が したい?」
 カレ は この イソウガイ の ツマ の ヨクボウ に わらいだした。
「オマエ は おかしな ヤツ だね。 オレ に ながい アイダ クロウ を かけて おいて、 センタク が したい とは かわった ヤツ だ」
「でも、 あんな に ジョウブ な とき が うらやましい の。 アナタ は フコウ な カタ だ わね」
「うむ」 と カレ は いった。
 カレ は ツマ を もらう まで の 4~5 ネン に わたる カノジョ の カテイ との ながい ソウトウ を かんがえた。 それから ツマ と ケッコン して から、 ハハ と ツマ との アイダ に はさまれた 2 ネン-カン の クツウ な ジカン を かんがえた。 カレ は ハハ が しに、 ツマ と フタリ に なる と、 キュウ に ツマ が ムネ の ビョウキ で ねて しまった この 1 ネン-カン の カンナン を おもいだした。
「なるほど、 オレ も もう センタク が したく なった」
「アタシ、 イマ しんだって もう いい わ。 だけど ね、 アタシ、 アナタ に もっと オン を かえして から しにたい の。 コノゴロ アタシ、 それ ばっかり ク に なって」
「オレ に オン を かえす って、 どんな こと を する ん だね」
「そりゃ、 アタシ、 アナタ を タイセツ に して、……」
「それから」
「もっと いろいろ する こと が ある わ」
 ――しかし、 もう この オンナ は たすからない、 と カレ は おもった。
「オレ は そういう こと は どうだって いい ん だ。 ただ オレ は、 そう だね。 オレ は、 ただ、 ドイツ の ミュンヘン アタリ へ イッペン いって、 それ も、 アメ の ふって いる ところ じゃ なくちゃ いく キ が しない」
「アタシ も いきたい」 と ツマ は いう と、 キュウ に シンダイ の ウエ で ハラ を ナミ の よう に うねらせた。
「オマエ は ゼッタイ アンセイ だ」
「いや、 いや、 アタシ、 あるきたい。 おこして よ、 ね、 ね」
「ダメ だ」
「アタシ、 しんだって いい から」
「しんだって、 はじまらない」
「いい わよ、 いい わよ」
「まあ、 じっと してる ん だ。 それから、 イッショウ の シゴト に、 マツ の ハ が どんな に うつくしく ひかる か って いう ケイヨウシ を、 たった ヒトツ かんがえだす の だね」
 ツマ は だまって しまった。 カレ は ツマ の キモチ を テンカン さす ため に、 やわらか な ワダイ を センタク しよう と して たちあがった。
 ウミ では ゴゴ の ナミ が とおく イワ に あたって ちって いた。 1 ソウ の フネ が かたむきながら するどい ミサキ の センタン を まわって いった。 ナギサ では さかまく ノウランショク の ハイケイ の ウエ で、 コドモ が フタリ ユゲ の たった イモ を もって カミクズ の よう に すわって いた。
 カレ は ジブン に むかって つぎつぎ に くる クツウ の ナミ を さけよう と おもった こと は まだ なかった。 この ソレゾレ に シツ を たがえて おそって くる クツウ の ナミ の ゲンイン は、 ジブン の ニクタイ の ソンザイ の サイショ に おいて はたらいて いた よう に おもわれた から で ある。 カレ は クツウ を、 たとえば サトウ を なめる シタ の よう に、 あらゆる カンカク の メ を ひからせて ギンミ しながら なめつくして やろう と ケッシン した。 そうして サイゴ に、 どの アジ が うまかった か。 ――オレ の カラダ は 1 ポン の フラスコ だ。 ナニモノ より も、 まず トウメイ で なければ ならぬ。 と、 カレ は かんがえた。

 ダリヤ の クキ が ひからびた ナワ の よう に チ の ウエ で むすぼれだした。 シオカゼ が スイヘイセン の ウエ から シュウジツ ふきつけて きて フユ に なった。
 カレ は スナカゼ の まきあがる ナカ を、 1 ニチ に 2 ド ずつ ツマ の たべたがる シンセン な トリ の ゾウモツ を さがし に でかけて いった。 カレ は カイガンマチ の トリヤ と いう トリヤ を カタハシ から たずねて いって、 そこ の きいろい マナイタ の ウエ から いちおう ニワ の ナカ を ながめまわして から きく の で ある。
「ゾウモツ は ない か、 ゾウモツ は」
 カレ は ウン よく メノウ の よう な ゾウモツ を コオリ の ナカ から だされる と、 ユウカン な アシドリ で イエ に かえって ツマ の マクラモト に ならべる の だ。
「この マガタマ の よう なの は ハト の ジンゾウ だ。 この コウタク の ある カンゾウ は、 これ は アヒル の イキギモ だ。 これ は まるで、 かみきった イッペン の クチビル の よう で、 この ちいさな あおい タマゴ は、 これ は コンロンザン の ヒスイ の よう で」
 すると、 カレ の ジョウゼツ に センドウ させられた カレ の ツマ は、 サイショ の セップン を せまる よう に、 はなやか に トコ の ナカ で ショクヨク の ため に ミモダエ した。 カレ は ザンコク に ゾウモツ を うばいあげる と、 すぐ ナベ の ナカ へ なげこんで しまう の が ツネ で あった。
 ツマ は オリ の よう な シンダイ の コウシ の ナカ から、 ビショウ しながら たえず わきたつ ナベ の ナカ を ながめて いた。
「オマエ を ここ から みて いる と、 じつに フシギ な ケモノ だね」 と カレ は いった。
「まあ、 ケモノ だって。 アタシ、 これ でも オクサン よ」
「うむ、 ゾウモツ を たべたがって いる オリ の ナカ の オクサン だ。 オマエ は、 いつ の バアイ に おいて も、 どこ か、 ほのか に ザンニンセイ を たたえて いる」
「それ は アナタ よ。 アナタ は リチテキ で、 ザンニンセイ を もって いて、 いつでも ワタシ の ソバ から はなれたがろう と ばかり かんがえて いらしって」
「それ は、 オリ の ナカ の リロン で ある」
 カレ は カレ の ヒタイ に けむりだす ヘンエイ の よう な シワ さえ も、 ビンカン に みのがさない ツマ の カンカク を ごまかす ため に、 コノゴロ いつも この ケツロン を ヨウイ して いなければ ならなかった。 それでも ときには、 ツマ の リロン は キュウゲキ に かたむきながら、 カレ の キュウショ を つきとおして センカイ する こと が たびたび あった。
「じっさい、 オレ は オマエ の ソバ に すわって いる の は、 そりゃ いや だ。 ハイビョウ と いう もの は、 けっして コウフク な もの では ない から だ」
 カレ は そう ちょくせつ ツマ に むかって ギャクシュウ する こと が あった。
「そう では ない か。 オレ は オマエ から はなれた と して も、 この ニワ を ぐるぐる まわって いる だけ だ。 オレ は いつでも、 オマエ の ねて いる シンダイ から ツナ を つけられて いて、 その ツナ の えがく エンシュウ の ナカ で まわって いる より シカタ が ない。 これ は あわれ な ジョウタイ で ある イガイ の、 ナニモノ でも ない では ない か」
「アナタ は、 アナタ は、 あそびたい から よ」 と ツマ は くやしそう に いった。
「オマエ は あそびたか ない の かね」
「アナタ は、 ホカ の オンナ の カタ と あそびたい のよ」
「しかし、 そういう こと を いいだして、 もし、 そう だったら どう する ん だ」
 そこ で、 ツマ が なきだして しまう の が レイ で あった。 カレ は、 はっと して、 また ギャク に リロン を きわめて ものやわらか に ときほぐして いかねば ならなかった。
「なるほど、 オレ は、 アサ から バン まで、 オマエ の マクラモト に いなければ ならない と いう の は いや なの だ。 それで オレ は、 イッコク も はやく、 オマエ を よく して やる ため に、 こうして ぐるぐる おなじ ニワ の ナカ を まわって いる の では ない か。 これ には オレ とて ヒトトオリ の こと じゃ ない さ」
「それ は アナタ の ため だ から よ。 ワタシ の こと を、 ちょっとも よく おもって して くださる ん じゃ ない ん だわ」
 カレ は ここ まで ツマ から ニクハク されて くる と、 とうぜん カノジョ の オリ の ナカ の リロン に とりひしがれた。 だが、 はたして、 ジブン は ジブン の ため に のみ、 この クツウ を かみころして いる の だろう か。
「それ は そう だ、 オレ は オマエ の いう よう に、 オレ の ため に ナニゴト も ニンタイ して いる の に ちがいない。 しかし だ、 オレ が オレ の ため に ニンタイ して いる と いう こと は、 いったい ダレ ゆえ に こんな こと を して いなければ ならない ん だ。 オレ は オマエ さえ いなければ、 こんな バカ な ドウブツエン の マネ は して いたく ない ん だ。 そこ を して いる と いう の は、 ダレ の ため だ。 オマエ イガイ の オレ の ため だ と でも いう の か、 ばかばかしい」
 こういう ヨル に なる と、 ツマ の ネツ は きまって 9 ド ちかく まで のぼりだした。 カレ は 1 ポン の リロン を センメイ に した ため に、 ヒョウノウ の クチ を、 あけたり しめたり、 よどおし しなければ ならなかった。
 しかし、 なお カレ は ジブン の キュウソク する リユウ の セツメイ を メイリョウ に する ため に、 この こりる べき リユウ の セイリ を、 ほとんど ヒビ しつづけなければ ならなかった。 カレ は くう ため と、 ビョウニン を やしなう ため と に ベッシツ で シゴト を した。 すると、 カノジョ は、 また オリ の ナカ の リロン を もちだして カレ を せめたてて くる の で ある。
「アナタ は、 ワタシ の ソバ を どうして そう はなれたい ん でしょう。 キョウ は たった 3 ド より この ヘヤ へ きて くださらない ん です もの。 わかって いて よ。 アナタ は、 そういう ヒト なん です もの」
「オマエ と いう ヤツ は、 オレ が どう すれば いい と いう ん だ。 オレ は、 オマエ の ビョウキ を よく する ため に、 クスリ と タベモノ と を かわなければ ならない ん だ。 ダレ が じっと して いて カネ を くれる ヤツ が ある もの か。 オマエ は オレ に テジナ でも つかえ と いう ん だね」
「だって、 シゴト なら、 ここ でも できる でしょう」 と ツマ は いった。
「いや、 ここ では できない。 オレ は ほんの すこし でも、 オマエ の こと を わすれて いる とき で なければ できない ん だ」
「そりゃ そう です わ。 アナタ は、 24 ジカン シゴト の こと より なにも かんがえない ヒト なん です もの、 アタシ なんか、 どうだって いい ん です わ」
「オマエ の テキ は オレ の シゴト だ。 しかし、 オマエ の テキ は、 じつは たえず オマエ を たすけて いる ん だよ」
「アタシ、 さびしい の」
「いずれ、 ダレ だって さびしい に ちがいない」
「アナタ は いい わ。 シゴト が ある ん です もの。 アタシ は なにも ない ん だわ」
「さがせば いい じゃ ない か」
「アタシ は、 アナタ イガイ に さがせない ん です。 アタシ は、 じっと テンジョウ を みて ねて ばかり いる ん です」
「もう、 そこら で やめて くれ。 どっち も さびしい と して おこう。 オレ には シメキリ が ある。 キョウ かきあげない と、 ムコウ が どんな に こまる か しれない ん だ」
「どうせ、 アナタ は そう よ。 アタシ より、 シメキリ の ほう が タイセツ なん です から」
「いや、 シメキリ と いう こと は、 アイテ の いかなる ジジョウ をも しりぞける と いう ハリフダ なん だ。 オレ は この ハリフダ を みて ひきうけて しまった イジョウ、 ジブン の ジジョウ なんか かんがえて は いられない」
「そう よ、 アナタ は それほど リチテキ なの よ。 いつでも そう なの、 アタシ、 そういう リチテキ な ヒト は、 だいきらい」
「オマエ は オレ の ウチ の モノ で ある イジョウ、 ホカ から きた ハリフダ に たいして は、 オレ と おなじ セキニン を もたなければ ならない ん だ」
「そんな もの、 ひきうけなければ いい じゃ ありません か」
「しかし、 オレ と オマエ の セイカツ は どう なる ん だ」
「アタシ、 アナタ が そんな に レイタン に なる くらい なら、 しんだ ほう が いい の」
 すると、 カレ は だまって ニワ へ とびおりて シンコキュウ を した。 それから、 カレ は また フロシキ を もって、 その ヒ の ゾウモツ を かい に こっそり と マチ の ナカ へ でかけて いった。
 しかし、 この カノジョ の 「オリ の ナカ の リロン」 は、 その オリ に つながれて まわって いる カレ の リロン を、 たえず ゼンシンテキ な コウフン を もって、 ほとんど カンパツ の スキマ を さえ も もらさず に おっかけて くる の で ある。 この ため カノジョ は、 カノジョ の オリ の ナカ で セイゾウ する ビョウテキ な リロン の エイリサ の ため に、 ジシン の ハイ の ソシキ を ヒビ カソクドテキ に ハカイ して いった。
 カノジョ の かつて の まるく はった なめらか な アシ と テ は、 タケ の よう に やせて きた。 ムネ は たたけば、 かるい ハリコ の よう な オト を たてた。 そうして、 カノジョ は カノジョ の すき な トリ の ゾウモツ さえ も、 もう ふりむき も しなく なった。
 カレ は カノジョ の ショクヨク を すすめる ため に、 ウミ から とれた シンセン な サカナ の カズカズ を エンガワ に ならべて セツメイ した。
「これ は アンコ で おどりつかれた ウミ の ピエロ。 これ は エビ で クルマエビ、 エビ は カッチュウ を つけて たおれた ウミ の ムシャ。 この アジ は ボウフウ で ふきあげられた コノハ で ある」
「アタシ、 それ より セイショ を よんで ほしい」 と カノジョ は いった。
 カレ は ポウロ の よう に サカナ を もった まま、 フキツ な ヨカン に うたれて ツマ の カオ を みた。
「アタシ、 もう なにも たべたか ない の、 アタシ、 1 ニチ に イチド ずつ セイショ を よんで もらいたい の」
 そこで、 カレ は しかたなく その ヒ から よごれた バイブル を とりだして よむ こと に した。
「エホバ よ わが イノリ を ききたまえ。 ねがわくば わが サケビ の コエ の ミマエ に いたらん こと を。 わが ナヤミ の ヒ、 ミカオ を おおいたもう なかれ。 ナンジ の ミミ を ワレ に かたぶけ、 わが よぶ ヒ に すみやか に ワレ に こたえたまえ。 わが モロモロ の ヒ は ケムリ の ごとく きえ、 わが ホネ は タキギ の ごとく やかるる なり。 わが ココロ は クサ の ごとく うたれて しおれたり。 ワレ カテ を くらう を わすれし に よる」
 しかし、 フキツ な こと は また つづいた。 ある ヒ、 ボウフウ の ヨル が あけた ヨクジツ、 ニワ の イケ の ナカ から あの にぶい カメ が にげて しまって いた。
 カレ は ツマ の ビョウセイ が すすむ に つれて、 カノジョ の シンダイ の ソバ から ますます はなれる こと が できなく なった。 カノジョ の クチ から、 タン が 1 プン ごと に ではじめた。 カノジョ は ジブン で それ を とる こと が できない イジョウ、 カレ が とって やる より とる モノ が なかった。 また カノジョ は はげしい フクツウ を うったえだした。 セキ の おおきな ホッサ が、 チュウヤ を わかたず 5 カイ ほど トッパツ した。 その たび に、 カノジョ は ジブン の ムネ を ひっかきまわして くるしんだ。 カレ は ビョウニン とは ハンタイ に おちつかなければ ならない と かんがえた。 しかし、 カノジョ は、 カレ が レイセイ に なれば なる ほど、 その クモン の サイチュウ に セキ を つづけながら カレ を ののしった。
「ヒト の くるしんで いる とき に、 アナタ は、 アナタ は、 ホカ の こと を かんがえて」
「まあ、 しずまれ、 イマ どなっちゃ」
「アナタ が、 おちついて いる から、 にくらしい のよ」
「オレ が、 イマ あわてて は」
「やかましい」
 カノジョ は カレ の もって いる カミ を ひったくる と、 ジブン の タン を ヨコナグリ に ふきとって カレ に なげつけた。
 カレ は カタテ で カノジョ の ゼンシン から ながれだす アセ を トコロ を えらばず ふきながら、 カタテ で カノジョ の クチ から せきだす タン を たえず ふきとって いなければ ならなかった。 カレ の かがんだ コシ は しびれて きた。 カノジョ は クルシマギレ に、 テンジョウ を にらんだ まま、 リョウテ を ふって カレ の ムネ を たたきだした。 アセ を ふきとる カレ の タオル が、 カノジョ の ネマキ に ひっかかった。 すると、 カノジョ は、 フトン を けりつけ、 カラダ を ばたばた なみうたせて おきあがろう と した。
「ダメ だ、 ダメ だ。 うごいちゃ」
「くるしい、 くるしい」
「おちつけ」
「くるしい」
「やられる ぞ」
「うるさい」
 カレ は タテ の よう に うたれながら、 カノジョ の ざらざら した ムネ を なでさすった。
 しかし、 カレ は この クツウ な チョウテン に おいて さえ、 ツマ の ケンコウ な とき に カノジョ から あたえられた ジブン の シット の クルシミ より も、 むしろ スウダン の ヤワラカサ が ある と おもった。 してみると カレ は、 ツマ の ケンコウ な ニクタイ より も、 この くさった ハイゾウ を もちだした カノジョ の ビョウタイ の ほう が、 ジブン に とって は より コウフク を あたえられて いる と いう こと に キ が ついた。
 ――これ は シンセン だ。 オレ は もう この シンセン な カイシャク に よりすがって いる より シカタ が ない。
 カレ は この カイシャク を おもいだす たび に、 ウミ を ながめながら、 とつぜん あはあは と おおきな コエ で わらいだした。
 すると、 ツマ は また、 オリ の ナカ の リロン を ひきずりだして にがにがしそう に カレ を みた。
「いい わ、 アタシ、 アナタ が なぜ わらった の か ちゃんと しってる ん です もの」
「いや、 オレ は オマエ が よく なって、 ヨウソウ を したがって、 ぴんぴん はしゃがれる より は、 しずか に ねて いられる ほう が どんな に ありがたい か しれない ん だ。 だいいち、 オマエ は そうして いる と、 あおざめて いて キヒン が ある。 まあ、 ゆっくり ねて いて くれ」
「アナタ は、 そういう ヒト なん だ から」
「そういう ヒト なれば こそ、 ありがたがって カンビョウ が できる の だ」
「カンビョウ カンビョウ って、 アナタ は フタコトメ には カンビョウ を もちだす のね」
「これ は オレ の ホコリ だよ」
「アタシ、 こんな カンビョウ なら、 して ほしか ない の」
「ところが、 オレ が たとえば 3 プン-カン ムコウ の ヘヤ へ いって いた と する。 すると、 オマエ は ミッカ も ほったらかされた よう に いう では ない か、 さあ、 なんとか ヘントウ して くれ」
「アタシ は、 なにも モンク を いわず に、 カンビョウ が して もらいたい の。 いや な カオ を されたり、 うるさがられたり して カンビョウ されたって、 ちっとも ありがたい と おもわない わ」
「しかし、 カンビョウ と いう の は、 ほんらい うるさい セイシツ の もの と して できあがって いる ん だぜ」
「そりゃ わかって いる わ。 そこ を アタシ、 だまって して もらいたい の」
「そう だ、 まあ、 オマエ の カンビョウ を する ため には、 イチゾク ロウトウ を ひきつれて きて おいて、 カネ を 100 マン エン ほど つみあげて、 それから、 ハカセ を 10 ニン ほど と、 カンゴフ を 100 ニン ほど と」
「アタシ は、 そんな こと なんか して もらいたか ない の、 アタシ、 アナタ ヒトリ に して もらいたい の」
「つまり、 オレ が ヒトリ で、 10 ニン の ハカセ の マネ と、 100 ニン の カンゴフ と、 100 マン エン の トウドリ の マネ を しろ って いう ん だね」
「アタシ、 そんな こと なんか いって や しない。 アタシ、 アナタ に じっと ソバ に いて もらえば アンシン できる の」
「そら みろ、 だから、 ショウショウ は オレ の カオ が ゆがんだり、 モンク を いったり する くらい は ガマン を しろ」
「アタシ、 しんだら、 アナタ を うらんで うらんで うらんで、 そして、 しぬ の」
「それ くらい の こと なら、 ヘイキ だね」
 ツマ は だまって しまった。 しかし、 ツマ は まだ ナニ か カレ に きりつけたくて ならない よう に、 だまって ヒッシ に アタマ を とぎすまして いる の を カレ は かんじた。
 しかし カレ は、 カノジョ の ビョウセイ を すすます カレ ジシン の シゴト と セイカツ の こと も かんがえねば ならなかった。 だが、 カレ は ツマ の カンビョウ と スイミン の フソク から、 だんだん と つかれて きた。 カレ が つかれれば つかれる ほど、 カレ の シゴト が できなく なる の は わかって いた。 カレ の シゴト が できなければ できない ほど、 カレ の セイカツ が こまりだす の も きまって いた。 それ にも かかわらず、 コウシン して くる ビョウニン の ヒヨウ は、 カレ の セイカツ の こまりだす の に ヒレイ して まして くる の は あきらか な こと で あった。 しかも、 なお、 いかなる こと が あろう とも、 カレ が ますます ヒロウ して いく こと だけ は ジジツ で ある。
 ――それなら オレ は、 どう すれば よい の か。
 ――もう ここら で オレ も やられたい。 そう したら、 オレ は、 なに フソク なく しんで みせる。
 カレ は そう おもう こと も ときどき あった。 しかし、 また カレ は、 この セイカツ の ナンキョク を いかに して きりぬける か、 その ジブン の シュワン を イチド はっきり みたく も あった。 カレ は ヨナカ おこされて ツマ の いたむ ハラ を さすりながら、
「なお、 うき こと の つもれ かし、 なお うき こと の つもれ かし」
 と つぶやく の が クセ に なった。 ふと カレ は そういう とき、 ぼうぼう と した あおい ラシャ の ウエ を、 つかれた タマ が ひとり ひょうひょう と して ころがって いく の が メ に うかんだ。
 ――あれ は オレ の タマ だ、 しかし、 あの オレ の タマ を、 ダレ が こんな に デタラメ に ついた の か。
「アナタ、 もっと、 つよく さすって よ、 アナタ は、 どうして そう メンドウクサガリ に なった の でしょう。 モト は そう じゃ なかった わ。 もっと シンセツ に、 アタシ の オナカ を さすって くださった わ。 それだのに、 コノゴロ は、 ああ いた、 ああ いた」 と カノジョ は いった。
「オレ も だんだん つかれて きた。 もう すぐ、 オレ も まいる だろう。 そう したら、 フタリ が ここ で ノンキ に ねころんで いよう じゃ ない か」
 すると、 カノジョ は キュウ に しずか に なって、 ユカ の シタ から なきだした ムシ の よう な あわれ な コエ で つぶやいた。
「アタシ、 もう アナタ に さんざ ワガママ を いった わね。 もう アタシ、 これ で いつ しんだって いい わ。 アタシ マンゾク よ。 アナタ、 もう ねて ちょうだい な。 アタシ ガマン を して いる から」
 カレ は そう いわれる と、 フカク にも ナミダ が でて きて、 なでて いる ハラ の テ を やすめる キ が しなく なった。

 ニワ の シバフ が フユ の シオカゼ に かれて きた。 ガラスド は シュウジツ ツジバシャ の トビラ の よう に がたがた と ふるえて いた。 もう カレ は イエ の マエ に、 おおきな ウミ の ひかえて いる の を ながい アイダ わすれて いた。
 ある ヒ カレ は イシャ の ところ へ ツマ の クスリ を もらい に いった。
「そうそう もっと マエ から アナタ に いおう いおう と おもって いた ん です が」
 と イシャ は いった。
「アナタ の オクサン は、 もう ダメ です よ」
「はあ」
 カレ は ジブン の カオ が だんだん あおざめて いく の を はっきり と かんじた。
「もう ヒダリ の ハイ が ありません し、 それに ミギ も、 もう よほど すすんで おります」
 カレ は カイヒン に そって、 クルマ に ゆられながら ニモツ の よう に かえって きた。 はれわたった あかるい ウミ が、 カレ の カオ の マエ で シ を かくまって いる タンチョウ な マク の よう に、 だらり と して いた。 カレ は もう このまま、 いつまでも ツマ を みたく は ない と おもった。 もし みなければ、 いつまでも ツマ が いきて いる の を かんじて いられる に ちがいない の だ。
 カレ は かえる と すぐ ジブン の ヘヤ へ はいった。 そこ で カレ は、 どう すれば ツマ の カオ を みなくて すまされる か を かんがえた。 カレ は それから ニワ へ でる と シバフ の ウエ へ ねころんだ。 カラダ が おもく ぐったり と つかれて いた。
 ナミダ が ちからなく ながれて くる と、 カレ は かれた シバフ の ハ を タンネン に むしって いた。
「シ とは ナン だ」
 ただ みえなく なる だけ だ、 と カレ は おもった。 しばらく して、 カレ は みだれた ココロ を ととのえて ツマ の ビョウシツ へ はいって いった。
 ツマ は だまって カレ の カオ を みつめて いた。
「ナニ か フユ の ハナ でも いらない か」
「アナタ、 ないて いた のね」 と ツマ は いった。
「いや」
「そう よ」
「なく リユウ が ない じゃ ない か」
「もう わかって いて よ。 オイシャ さん が ナニ か いった のね」
 ツマ は そう ヒトリ きめて かかる と、 べつに かなしそう な カオ も せず だまって テンジョウ を ながめだした。 カレ は ツマ の マクラモト の トウイス に コシ を おろす と、 カノジョ の カオ を あらためて みおぼえて おく よう に じっと みた。
 ――もう すぐ、 フタリ の アイダ の トビラ は しめられる の だ。
 ――しかし、 カノジョ も オレ も、 もう どちら も おたがいに あたえる もの は あたえて しまった。 イマ は のこって いる もの は ナニモノ も ない。
 その ヒ から、 カレ は カノジョ の いう まま に キカイ の よう に うごきだした。 そうして、 カレ は、 それ が カノジョ に あたえる サイゴ の センベツ だ と おもって いた。
 ある ヒ、 ツマ は ひどく くるしんだ アト で カレ に いった。
「ね、 アナタ、 コンド モルヒネ を かって きて よ」
「どう する ん だね」
「アタシ、 のむ の。 モルヒネ を のむ と、 もう メ が さめず に このまま ずっと ねむって しまう ん ですって」
「つまり、 しぬ こと かい?」
「ええ、 アタシ、 しぬ こと なんか ちょっとも こわか ない わ。 もう しんだら、 どんな に いい か しれない わ」
「オマエ も、 いつのまにか えらく なった もの だね。 そこ まで いけば、 もう ニンゲン も いつ しんだって だいじょうぶ だ」
「でも、 アタシ ね、 アナタ に すまない と おもう のよ。 アナタ を くるしめて ばかり いた ん です もの。 ごめんなさい な」
「うむ」 と カレ は いった。
「アタシ、 アナタ の オココロ は そりゃ よく わかって いる の。 だけど、 アタシ、 こんな に ワガママ を いった の も、 アタシ が いう ん じゃ ない わ。 ビョウキ が いわす ん だ から」
「そう だ。 ビョウキ だ」
「アタシ ね、 もう ユイゴン も なにも かいて ある の。 だけど、 イマ は みせない わ。 アタシ の トコ の シタ に ある から、 しんだら みて ちょうだい」
 カレ は だまって しまった。 ――ジジツ は かなしむ べき こと なの だ。 それに、 まだ かなしむ べき こと を いう の は、 やめて もらいたい と カレ は おもった。

 カダン の イシ の ソバ で、 ダリヤ の キュウコン が ほりだされた まま シモ に くさって いった。 カメ に かわって どこ から か きた ノ の ネコ が、 カレ の あいた ショサイ の ナカ を のびやか に あるきだした。 ツマ は ほとんど シュウジツ クルシサ の ため に なにも いわず に だまって いた。 カノジョ は たえず、 スイヘイセン を ねらって カイメン に トッシュツ して いる トオク の ひかった ミサキ ばかり を ながめて いた。
 カレ は ツマ の ソバ で、 カノジョ に かせられた セイショ を ときどき よみあげた。
「エホバ よ、 ねがわくば イキドオリ を もて ワレ を せめ、 はげしき イカリ を もて ワレ を こらしめたもう なかれ。 エホバ よ、 ワレ を あわれみたまえ、 ワレ しぼみおとろう なり。 エホバ よ ワレ を いやしたまえ。 わが ホネ わななきふるう。 わが タマシイ さえ も いたく ふるいわななく。 エホバ よ、 かくて イク-その トキ を へたもう や。 シ に ありて は ナンジ を おもいいずる こと も なし」
 カレ は ツマ の すすりなく の を きいた。 カレ は セイショ を よむ の を やめて ツマ を みた。
「オマエ は、 イマ ナニ を かんがえて いた ん だね」
「アタシ の ホネ は どこ へ いく ん でしょう。 アタシ、 それ が キ に なる の」
 ――カノジョ の ココロ は、 イマ、 ジブン の ホネ を キ に して いる。 ――カレ は こたえる こと が できなかった。
 ――もう ダメ だ。
 カレ は コウベ を たれる よう に ココロ を たれた。 すると、 ツマ の メ から ナミダ が いっそう はげしく ながれて きた。
「どうした ん だ」
「アタシ の ホネ の イキバ が ない ん だわ。 アタシ、 どう すれば いい ん でしょう」
 カレ は コタエ の カワリ に また セイショ を いそいで よみあげた。
「カミ よ、 ねがわくば ワレ を すくいたまえ。 オオミズ ながれきたりて わが タマシイ に まで およべり。 ワレ タチド なき ふかき ヒジ の ナカ に しずめり。 ワレ フカミズ に おちいる。 オオミズ わが ウエ を あふれすぐ。 ワレ ナゲキ に よりて つかれたり。 わが ノド は かわき、 わが メ は わが カミ を まちわびて おとろえぬ」

 カレ と ツマ とは、 もう しおれた イッツイ の クキ の よう に、 ヒビ だまって ならんで いた。 しかし、 イマ は、 フタリ は カンゼン に シ の ジュンビ を して しまった。 もう ナニゴト が おころう とも こわがる もの は なくなった。 そうして、 カレ の くらく おちついた イエ の ナカ では、 ヤマ から はこばれて くる ミズガメ の ミズ が、 いつも しずまった ココロ の よう に きよらか に みちて いた。
 カレ の ツマ の ねむって いる アサ は、 アサ ごと に、 カイメン から アタマ を もたげる あたらしい リクチ の ウエ を スアシ で あるいた。 ゼンヤ マンチョウ に うちあげられた カイソウ は つめたく カレ の アシ に からまりついた。 ときには、 カゼ に ふかれた よう に さまよいでて きた ウミベ の ドウジ が、 なまなましい ミドリ の ノリ に すべりながら イワカド を よじのぼって いた。
 カイメン には だんだん シラホ が まして いった。 ウミギワ の しろい ミチ が ヒマシ に にぎやか に なって きた。 ある ヒ、 カレ の ところ へ、 チジン から おもわぬ スウィート ピー の ハナタバ が ミサキ を まわって とどけられた。
 ながらく カンプウ に さびれつづけた カレ の イエ の ナカ に、 はじめて ソウシュン が におやか に おとずれて きた の で ある。
 カレ は カフン に まみれた テ で ハナタバ を ささげる よう に もちながら、 ツマ の ヘヤ へ はいって いった。
「とうとう、 ハル が やって きた」
「まあ、 きれい だ わね」 と ツマ は いう と、 ほほえみながら やせおとろえた テ を ハナ の ほう へ さしだした。
「これ は じつに きれい じゃ ない か」
「どこ から きた の」
「この ハナ は バシャ に のって、 ウミ の キシ を マッサキ に ハル を まきまき やって きた のさ」
 ツマ は カレ から ハナタバ を うける と リョウテ で ムネイッパイ に だきしめた。 そうして、 カノジョ は その あかるい ハナタバ の ナカ へ あおざめた カオ を うずめる と、 こうこつ と して メ を とじた。

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