昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第二章:1969年:京都新聞北山橋東詰販売所   とっちゃんの宵山 ⑨

2010年11月29日 | 日記
何度か、仕事終わりにみんなで銭湯、というパターンに持ち込もうとしたが、失敗した。銭湯に行くにしても、銭湯から帰るにしても、誰かを待つことになるのではないか、というのがとっちゃんが嫌がった理由だった。僕たちの“おっさん”への好奇心は気取られることはなかった。 僕たちは準備をした。大沢さんの部屋にタオルと着替えを用意。日頃の会話に、それとなく「今度一緒に銭湯に行かへんか~~? . . . 本文を読む

第二章:1969年:京都新聞北山橋東詰販売所   とっちゃんの宵山 ⑧

2010年11月26日 | 日記
「このままにはでけへんやろ。住み込みしてもらうのはかまへんけど……。わしが、連絡したろか?お父さん、お母さん元気にしてはんの?」。状況を納得した“おっちゃん”の親切な言葉に、突然山下君は泣き始めた。 その姿に桑原君は「“資本論”は思想チェックの踏み絵かいな!酷いことするなあ」と怒りを顕わにし、とっちゃんは「泣いてんなあ。 . . . 本文を読む

第二章:1969年:京都新聞北山橋東詰販売所   とっちゃんの宵山 ⑦

2010年11月22日 | 日記
一度将棋に付き合ったために、とっちゃんは毎日のように「ガキガキ~~。将棋せえへんか~~?」と誘ってくるようになった。その度に「とっちゃん、自分の王様隠すんやもん。それ止めるんやったら、してあげてもええけどなあ」と言ってみるのだが、それには反応せず「ええやないか~~。一回だけ。一回だけ!な!」と拝むように繰り返した。 根負けし、「一回だけやで~」といつもの部屋に上がると、必ず3回は相手をさせられた . . . 本文を読む

第二章:1969年:京都新聞北山橋東詰販売所   とっちゃんの宵山 ⑥

2010年11月19日 | 日記
左翼思想の持ち主と我々3人の間で決まった“おっさん”だったが、その発言は時として異質な雰囲気も漂わせた。 「欲張ったらあかん、言うんや、“おっさん”が。欲いうもんは、な~んもいいことないんやて。ない方が平和らしいわ」。 ポケットに入れたキスチョコのことを意識することもなく、したり顔で言い切るとっちゃんに笑いながら、僕たちはまた“おっさ . . . 本文を読む

第二章:1969年:京都新聞北山橋東詰販売所   とっちゃんの宵山 ⑤

2010年11月15日 | 日記
「おっさん、言うてたわ」と語り始めるとっちゃんは、顎を上げ得意そうで、一つ賢くなった自信さえ感じさせた、と大沢さんは言った。 「おかんとわしは、ドーシなんや。ドーシ言うのは、友達より強いらしいんやなあ。ほんでな、甘えたらあかんのやて、ドーシは。タイトーなんらしいわ。これは、おかんのもの。これは、わしのもの。いうのもあったらあかんねんて。せやから、おかんがお金使うてもしゃあないんらしいわ。おっさん . . . 本文を読む

第二章:1969年:京都新聞北山橋東詰販売所   とっちゃんの宵山 ④

2010年11月12日 | 日記
お菓子を食べる合間に、“おっさん”から聞いたという話を、とっちゃんは披露した。おっちゃんは販売所の所長。おばちゃんはその夫人。おばはんは母親。と、微妙に使い分けているとっちゃんの“おっさん”が誰なのかわからず、最初は戸惑った。 僕の怪訝な顔付に気付いたおっちゃんが、とっちゃんが帰った直後に説明をしてくれた。 しかし、「とっちゃんは、母一人息子一人 . . . 本文を読む

第二章:1969年:京都新聞北山橋東詰販売所   とっちゃんの宵山 ③

2010年11月08日 | 日記
1969年4月7日。僕は、19歳の新聞配達少年になった。自堕落な生活が身に付いてしまっている僕の心配はただ一つ。起床時間だった。しかし、それをもっと心配してくれたのは、下宿のおばあさんだった。 お蔭で僕は、初日から遅刻という失敗をすることもなく、カズさんの指導を受けることになった。スタート地点まで新聞を自転車で運び、ポストの形態とサイズに合わせて3種類の新聞の折り方を使い分けながら、ずっと走って . . . 本文を読む

第二章:1969年:京都新聞北山橋東詰販売所   とっちゃんの宵山 ②

2010年11月05日 | 日記
僕の注意を逸らしながら、簡単な面接終了。「住み込み?通い?どっちでも好きなようにして。どっち?…そうか~。通いやな。ほな、説明しょうか」と、カウンター下から地図を取り出した。 広げると、すすっととっちゃんが近付いてくる。メモを覗き込み、「おっちゃん、これなんて読むんや?」と僕の名前を指差す。「柿本さん、言う人や」とおっちゃんが面倒臭そうに答えると、「ガキガキか~」と僕をにやりと下か . . . 本文を読む

第二章:1969年:京都新聞北山橋東詰販売所   とっちゃんの宵山 ①

2010年11月01日 | 日記
玄関ガラス扉を開けて正面、2階へと続く階段の下から3段目に、とっちゃんは大股開きで座っていた。タバコを挟んだ人差し指と中指を鼻の穴に突っ込み、入り口に向かってVサインをしているように見えた。 「ごめんくださ~い」。ちょっとひるんだ僕は、ぺこりと頭を下げ、小声で挨拶をした。 するととっちゃんは、フィルター部分まですっぽり口の中に納まっていたタバコを引き抜いた。ジュポンと音がしたような気がした。 . . . 本文を読む