何度か、仕事終わりにみんなで銭湯、というパターンに持ち込もうとしたが、失敗した。銭湯に行くにしても、銭湯から帰るにしても、誰かを待つことになるのではないか、というのがとっちゃんが嫌がった理由だった。僕たちの“おっさん”への好奇心は気取られることはなかった。
僕たちは準備をした。大沢さんの部屋にタオルと着替えを用意。日頃の会話に、それとなく「今度一緒に銭湯に行かへんか~~?」という言葉を混ぜるようにした。その言葉に、楽しそうに反応することも忘れなかった。
やがて、努力は報われた。6月中旬、前日の大雨が嘘のようにカラリと晴れた日。まだぬかるみや水溜りの残る道路に汚れた足を水洗いしている時だった。「もう夏やなあ。汗だくや」と桑原君。「ジーパンもびっしょりやし。銭湯行ってすっきりしたいとこやなあ」と僕。大沢さんは少し作戦変更して、「じゃ、銭湯行こうか。すぐ行かへんか」と桑原君と僕に向かって言った。とっちゃんは、ひとまず誘わなかった。
「行きましょか~~」と桑原君が反応。僕をちらりと見た。「行きましょう、行きましょう」と僕が続き、とっちゃんの様子を窺った。
2階に駆け上がった大沢さんが「タオルだけでええか?」と持って降りてきた時、桑原君が「そや。とっちゃんも行かへんか?」と声を掛けた。絶妙のコンビネーションだった。とっちゃんのズボンの汚れ方、汗の掻き方が尋常ではなかったのは、確認済みだった。
「わしも行かんとなあ。汗と泥やもんなあ、今日は」。とっちゃんのその言葉を耳にした瞬間、将棋仲間の僕が念を押した。「そうしようや。いつもとっちゃんが行ってる銭湯が、近くてええんちゃう?大沢さん、そうしませんか?な!とっちゃん」。
ふとバトンを渡されきょとんとした後、自分の行きつけの場所にみんなを連れて行く誇らしさに、とっちゃんは少し胸を張った。「おっしゃ、わかった。連れてったるわ~~」。
“松の湯”は、販売所から数百m東。北山通りから2・30mばかり北へ上がった所にあった。農地が多く銭湯を営むには不向きな場所にも見えたが、次々と建築されたアパートの住人にとっては貴重な存在だとも推察された。
僕たち3人は、“松の湯”の前で待った。“おっさん”にいよいよ会えることに、少し気分は高揚していた。後は、突然とっちゃんの気が変わらないことを祈るばかりだった。
30分近く待たせ、とっちゃんはやってきた。ランニングシャツとショートパンツ姿で、胸には青い洗い桶。その上にはタオルが乗っていた。「いかにも、いうスタイルやなあ」と桑原君は下を向き、押し殺した笑いをもらした。
「行こか~~」。僕たちの前を通り過ぎながら、とっちゃんはさりげなく声を掛け、顎をしゃくった。日の光を浴びたその横顔に、桑原君はまた、下を向いて笑いをこらえた。
お風呂は、驚くほどの盛況だった。ざっと数えて25名。湯船も洗い場もざわついていた。先に入って行ったとっちゃんに「おお~、とっちゃんやないか」「とっちゃん、仕事終わったんか?」「今日は、暑かったやろ~~」と次々と声がかかる。
ズヒズヒと笑いながら、とっちゃんは声を掛けてくる人すべてに「“おっさん”は元気でええなあ」「“おっさん”、汗掻いたやろ~、今日は」などと応えながら、湯船に入っていく。
後ろを行く僕たち3人は、顔を見合わせた。「“おっさん”は、“おっさん達”やったんや~~」。桑原君の言葉に、大沢さんと僕は口を半開きにしたまま頷いた。
*月曜日と金曜日に、更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。
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