ざばぁ~~ん
達男が幸助の家にいることも不思議だったが、公平からわざわざ予告の電話があったことも不可解だった。幸助の家で、何かが起きているとでもいうのだろうか。
「わかった」
雨音に掻き消されないよう、携帯を前にかざして大声で叫ぶ。すると、「親父~~~!」と呼ぶ幸助の声がした。携帯を耳に押し当てる。
「聞こえる~~?親父~~~」
「聞こえるよ~~。なに~~~?」
雑音が激しい。今にも途 . . . 本文を読む
豪雨の後に来るもの
大川堤防への坂を上がる。フロントグラスを叩く雨が激しい。ワイパーを最強にする。道の両側にある側溝から雨水が溢れている。大川の水嵩が増し、雨水が川へ流れ出ることができなくなっているようだ。まだ危険水域にまで達しているとは思えないが、水量は相当な勢いで増してきているようだ。
堤防に上がり、ハンドルを右に切る。いつも目にしている松が淵の一本杉は、豪雨のカーテンに隠れて見えない。し . . . 本文を読む
公平との帰郷
「義郎。晩飯食うか?どうだ?」
数百メートルを駆けるように歩き、公平は突然立ち止まり振り返った。小走りで後を追っていた義郎は、背中にぶつかる直前で踏みとどまる。まだ持っていた手土産の袋がかさかさと揺れた。斜め掛けにしたバッグが肩に重い。
「それとも、チェックインしておくか?」
バッグをずり上げる仕草を見て、公平はそう言ったが、ホテルの予約はしていない。聡美から「泊めてもらえる . . . 本文を読む
達男と公平の決裂
初めての東京だった。「人の多さと歩くスピードの速さに驚くわよ、きっと」と、優子に玄関で見送られ、空港までクルマで送ってくれた聡美からは、「しっかり観察してきてね」と地図、住所、電話番号等々を受け取り、渋谷に着いた。
「おう!よく来たなあ!」
手を上げ近付いてくる達男を認めるまでは、全身が目と耳になったような気がしていた。別の国に足を踏み入れたような気分だった。
「驚いたか . . . 本文を読む
義郎の決意
優子と聡美の共闘体制が出来上がった翌朝、現場では協力会社の社長が二人、待ち受けていた。顔を見るなり、質問攻めにあった。
「倉田さん、東京で何かあったんですか?」
「ずっと東京にいたのに、突然帰って来たらしいもんなあ」
「グループ会議やりたいってみんなのところに昨日連絡があったみたいですが……」
「声が深刻だったらしいんだよね。俺はたまたま留守だった . . . 本文を読む
優子と聡美の結束
「私たち、決めたからね、義郎ちゃん!」
呂律は回っていないが、聡美の言葉は明るく力に溢れていた。テーブルに乗せた両肘の間に垂れていた頭を上げ、向かいに座った義郎を見つめる。
「男どもに好きなようにやらせていたら、いいことなんか起きやしない、って結論なのよ。兄貴だって、公平だって……。いやいや、義郎ちゃんはそんなことないけどね」
「僕は&hell . . . 本文を読む
公平の不安と迷い
事務所に二人残ると、「バーボンなら置いてあるから、ここでもいいか?」と公平が言うので、そのまま4階のソファで飲むことにした。聡美が帰りぎわ、「私、これから優子ちゃんに会いに行ってもいいかなあ?」と耳打ちしたので、夕食と報告を待つ優子への気遣いもない。きっと義郎が帰宅する頃には、優子の方が現状を把握していることになるだろう。
「恥ずかしいところ、見せちまったなあ」
フォアロー . . . 本文を読む
見え隠れする公平の野心
「お休みなのに申し訳ないですが、すぐ来てもらえませんか?4階にいますから」
長沼からの緊急呼び出しだった。声に怒りと焦りの色がある。
「どうしました?……事故ですか?」
尋常なことではなさそうだ。だが、長沼は用件を言おうとしない。
「わかりました。すぐ行きます」
ともかく、まずは行かなければならない。現場での事故は何度かあったが、作業 . . . 本文を読む
交錯する不安
松が淵に関する義郎の不安は日を追うにつれ希薄になっていった。そして、やがて以前のように、松が淵はただただ懐かしく温かく、かつて家の近くにあった小さな祠のように、そこにあるだけでどこか心強い存在となっていた。
「義郎ちゃん、私ね、最近何も不満がないんだけど、それが不安になる時もあるのよ」
1989年初夏。春に田舎に呼び戻した弟義和の結婚式の帰り、優子がふと漏らした。
「いいこと . . . 本文を読む