ゆらめきの影……①
「外でやってくれ!マンションの外でだよ!」
高山の怒声が響く。
いつもは柔和に見える切れ長の目が、吉野と竹沼を睨みつけている。その剣幕に、今まで口角泡を飛ばす勢いだった二人は黙りこくる。
めぐみはにやにやとそんな二人を見つめ、あゆみに向けて何か言いたげに口を動かす。
「ミッドナイト・ランにでも行って、ちょっと頭を冷やして来たら?」
吉野と . . . 本文を読む
6.深夜の副都心…③
タクシーを捕まえ乗り込むと、途端に心臓が高鳴った。きっと会えると思った。
しかし、環七に入りネオンが途切れると、一気に希望も消えた。
「西新宿の何処に着けますか?」
運転手の問いかけに、咄嗟に「ヒルトン、お願いします」と答える。まだどこかに、安達が二人の思い出の場所にいると信じたい気持がある。
新宿の灯りに白く輝く空に、都庁が二本の角を突き出しているよ . . . 本文を読む
5.深夜の副都心…②
持ち帰った安達の通帳と印鑑を、久美子はしばらく見つめる。
休日なしに働き続けていたこと。それがバブル崩壊後に積み重なった借金の返済のためであること。一時期は5人いたスタッフ全員の首を順に切らざるを得なかったこと。打ち合わせ、設計、施工管理等々、すべてを一人でやらざるを得ない状況であること。そして、そこに希望を見出しつつあること…… . . . 本文を読む
4.深夜の副都心…①
高山の事務所を訪ねた後、マンションの入り口で、兵藤久美子はしばらく息を整えた。期待と緊張で固まっていた全身から、力が抜け落ちていく。夜の秋風が身に沁みる。
カップルが一組、マンションへと入っていく。中庭を照らす高山事務所の灯りがやさしく目に映る。
玄関のドアが開く。カップルの弾んだ声が聞こえる。思わず、マンション入り口の壁に身を隠す。
安達のデスクで見つ . . . 本文を読む
3.それぞれの秋 ③
視線を浴びて、窓の外の女性はきまり悪そうに後ろに下がった。
「竹沼~~。出てみた方がいいよ」
吉野に言われるが、竹沼は首を振って動かない。「違うみたいだけど……」と、窓に向かって首を伸ばすと、女性は出口に向かって身体を反転させる。
「もう~~!私が言ってくる」
業を煮やしたようにめぐみが立ち上がり玄関へ向かう。吉野が付いていこうとしたが、 . . . 本文を読む
2.それぞれの秋 ②
還暦を迎えた部屋の主高山はファッションディレクター。百貨店やファッションメーカーと顧問契約をし、ファッション・トレンドのレポート、売り場やブランドのシーズン・コンセプト提案、契約企業内の勉強会や企画会議への出席・発言等を主な仕事としている。
渋谷の高山のオフィスは、いつもオープンで出入り自由となっているため、様々な業界の人間が夜な夜な高山を慕って集まっていた。高山は、そん . . . 本文を読む
それぞれの秋 ①
「ピザが届いたぞ~~!」
続々と現れる来訪者への対応でほとんど立ちっぱなしの田端伊佐夫が大声を上げる。30平米のワンルームは、30名近い来客で息苦しいほどだ。
「誰か頼んだ~~?」
主の高山岩雄が声を張り上げる。ざわついていた室内に一瞬の静寂が訪れる。しかし、返答はない。
「竹沼らしいぞ~~!」
田端がもう一度声を上げ、室内を見回す。センターテーブルの奥にいた竹沼睦男 . . . 本文を読む