3日目。快晴の朝、希子はもうベッドにはいない。開け放ったカーテンの向こう、ベランダには洗濯物。希子のワンピースのようだ。首を廻らせてみるが、姿は見えない。リビングへ入ると、Tシャツの後姿がメグを抱き、開けた窓に向いて立っている。壁の時計は、午前10時。柔らかい風が通っている。
ダイニングテーブルの上には、クロワッサンが数個。レンジではお湯が沸いている。
「クロワッサン、どうしたの?」
「冷凍 . . . 本文を読む
「手塚さんは、自分の居場所を見つけたね。次は自律だね。で、ナオミさんのその後は?わからずじまい?」
「残念ながら」
「手塚さんとナオミさん、どんな関係だった?」
希子に問われ、隆志は二人の経緯を、同棲開始から隆志のプロポーズ後に至るまで、かいつまんで話した。
「手塚さんのバスルームに残ってた赤と青の染料の跡と紫に染まった生地、ナオミさんからのメッセージだね」
「メッセージ?」
「彼女の . . . 本文を読む
リビングの床、バスタオルの上に寝転び、晴れ渡った空を遠く眺める。初夏の日が煌いている。暑いくらいだ。南西向きの窓は、これからさらに日差しが強くなるだろう。
リビングの片隅でトイレシートにメグがしゃがんでいる。希子が置いておいたのだろうか。ガード下に忽然と現れた娘とは思えない心配りだ。しかも、なんとも無防備な寝姿ではないか。
腰にバスタオルを巻き、冷蔵庫に立ち上がる。食料と飲料をチェック。冷凍庫 . . . 本文を読む
バスルームから戻ると、希子はまだ熟睡の中にいた。隆志の足音に気付いたのか、メグが顔を上げる。昼光の下で見ると、子猫ではなさそうだ。発達障害の猫なのかもしれない。
自分の頬に笑みが浮かんでいることに気付く。
シャワーの陰で漏らした嗚咽の余韻はもうない。そこに希子がいること、その横にメグがいること、そんな光景が休日の午後の陽だまりの中にあること。
あるべき処にあるべき存在がある安心感。そんな独り . . . 本文を読む
「実は俺、退学することにした」
手塚の言葉に、手にした水を落としそうになる。
ナオミが訪ねてきてから3日が過ぎた夜。隆志は手塚に呼び出されていた。
身に覚えのない罪を裁かれる気分でやってきた“ブラック&ホワイト”のカウンター。
手塚の第一声は、しかし、思いもよらないものだった。
「どうしたんですか、いきなり」
「いきなりじゃない。半年間考え抜いたことだ」
「退 . . . 本文を読む
「ショックだった?」
「うん。複合的なショックだったかな。もちろん子供だったから、言葉を与えることはできないし、整理することもできない。ただ次々と疑問や怒りや不安が湧いては消えるという状態で……」
「辛かった?」
「辛くはなかった。おそらく、A君もB君もね」
小学校6年生の2学期早々に起きた事件は、運動会が終わる頃にはクラス全員から忘れられてしまったかのようだっ . . . 本文を読む
「まず、君は“定型化の罠”って言葉を使った。その言葉について聞きたいな」
「どんな話題の時に使った言葉でしょう。話題が惹起させた言葉かもしれないですね」
「それははっきりしない。はっきりしていたとしても言わない。だって、話題に応じて浮き沈みするような言葉だとは思わなかったから」
「じゃ、せめて“定型化の罠”って言葉を僕が使う直前、ナオミさんが口 . . . 本文を読む