二人の“自立”
「そうかもしれへんけど、……俺には飛び込んだいう意識はないんやけどなあ。若かったのは確かやけど……」
カウンターに顎を乗せた小杉さんには、夏美さんへの甘えがはっきりと見てとれる。黒ヘルのリーダーとして一部の学生たちに恐れられている小杉さんは、そこにはいない。
「23歳でその台詞はないん違う?まだま . . . 本文を読む
大人の女の芽
ガクさんは、夏美さんが会ったことのない種類の男だった。
「と言うより、見たこともない人種やった言うた方がええんかもしれへんなあ」
今起きていることを観察する力、どう対処するべきかを判断する力、判断に基づいて行動する力……ガクさんの、そのすべてが信頼できた。そして、何もかもをその力に委ねることができた。
「別れた宿六とはあまりにも違う人やし、最初は& . . . 本文を読む
夏美さんの真の初恋
夏美さんは、連日連夜、学生たちに勧められては二級酒を飲み、青春の渦に飲み込まれていた。店が終わる12時頃には、学生たちの言葉や想いと、それに対する夏美さんの戸惑いやざわめきが身体の芯まで浸していた。
一時間ほどで店を片付け、アパートまで20分の道程を歩いていると、夏美さんが身を置く二つの現実の幅広い境界線を横切っていくようだった。「どっちやろ?どっちや~~!」と深夜の東山大 . . . 本文を読む
夏美さんの10代
「面倒見よかったやろ?!和恵」
上村越しに首を伸ばし、小杉さんが声を掛けてくる。
「助かりました。……すっかりお世話になってしまって……」
「シャツとジーパン、洗うてもろうたんやて?」
「……ええ、まあ……」
事の詳細は、和恵から小杉さんにもう伝わっているよ . . . 本文を読む
渦の中へ
5時前に店に辿り着き、入り口を開けた時には、一旦乾いたシャツはまた汗に濡れていた。
「お~~~!どやった?楽しかったか?」
コックの迎える声に店内を見回すと、奥のテーブルで入口の方を向いている一人の客と目が合った。
「いらっしゃいませ~~」と声を掛ける。しっとりと生暖かく下半身をくるんでいるジーンズが気持ち悪い。
「ちょっと着替えて来ますわ」
カウンター越しにコックに小声で告 . . . 本文を読む
日差しの午後
「起きてたの~~?大丈夫?」
三枝君から耳にした“リクルーター”という言葉にまで記憶を遡らせた頃、トントンと階段を上がってくる音がした。顔を覗かせたのは、和恵だった。その風情から、和恵がこの部屋の主であることがわかった。
少女のようにバスタオルを胸元に当てた僕に、「何回も、吐いたからねえ」と和恵は笑いながら部屋に入り、敷布団になっている掛布団の上に座った . . . 本文を読む
闘士たちとの一夜
「京子、君のアパートに行ったんやろ?何しに行ったんや?泊まったんか?」
三枝君の畳みかけるような質問にたじろぎながら、僕は紙コップの酒をあおった。目を小杉さんの方へ向けると、小杉さんに寄り添うようにしている二人の女性が見えた。一人は、京子のようだった。
「あの人、あの小杉さんの隣にいてはんのが、夏美さんや。小杉さんの彼女や。ナンバー2や。京子が気い使うてんの、わかるやろ?立 . . . 本文を読む
遠くに見る花火
京子に手を合わされたからというわけではなく、僕の中で小杉さんに会うことはもはや決定していた。となると、気が急く。すぐに、段取りを決めた。京子が小杉さんと連絡が取れ次第、朝10時半から11時半の間に店に電話をくれることになったが、他人任せの心許なさは残った。
そのせいか、京子からの電話を待つ間、店の仕事をしながら僕は、小杉さんとの想定問答を繰り返した。彼がどんな言辞を弄してセクト . . . 本文を読む
京子と、その向こうに見えてきた世界。
大学では、何勉強してんねん」
「……大学、まだ始まってないんですわ~」
「え!嘘やろ!?今、何月や思うてんねん。自分がさぼってるだけちゃうか?」
「本当ですよ~。ストライキやってるんで」
「何がいな!何が不満でストライキしとんねん。……ほんまか?ほんまにストライキしとんのか?」
「本当ですって . . . 本文を読む
桑原君、何処へ。
いつの間にか、午後は僕が料理まで取り仕切ることになった。「自信のない注文の時は起こしてええからな!」と、それが親切な気遣いかのようにコックに言われた。「当たり前ですよ~」と、ややキツイ口調で言ったが、「まあ、全部やってくれてもかまへんけどなあ」と、コックは意に介するそぶりも見せなかった。7月も中旬を過ぎ、店の外には盛夏の日差しがやって来ていた。
日米安全保障条約は、さしたる混 . . . 本文を読む