石神井公園駅から穏やかな街並みを抜けて緩やかな坂道を上がると、少し開けた一角に数軒の家がゆったりと並んでいた。その一番手前、平屋が二棟並んでいる間に、奈緒子はスキップをしながら入っていく。僕はしばらく佇み、息を整えた。顔が火照り、背中には汗を掻いていた。
「こっちよ〜」
奈緒子がひょっこり顔を出し、手招きをする。隠れん坊をしている少女のようだ。高鳴る動悸に息苦しささえ覚える。
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「お待たせ〜~」
改札を抜けながら奈緒子を斜めに見る。僕の中に急に湧いてきた感情にドギマギしてしまい、正面から彼女を見ることがためらわれる。京都駅で彼女を迎えた時と、なぜこんなにも違うのだろう。
「ちょうど来たところ〜」
そう言うや否や、奈緒子は僕の腕にしがみついてきた。掴まれた左肘から、肩、首へと緊張が伝播していく。腕の汗が気になる。
「待たせ過ぎよ{ . . . 本文を読む
奈緒子はすぐに電話に出てきた。弾むような声だった。
「遅かったですね。待ってたんですよ。今、どこですか?」
彼女の積極的な性格を感じさせるストンと抜けた声が懐かしい。“白鳥”で目が合った時の眩しさを思い出す。
「豪徳寺ってところ。…友達のアパートに泊めてもらったんやけど‥」
「あっ、清水さん?それとも…」
「清水、清水」
奈緒子の弾ん . . . 本文を読む
「誰もお前を責めるつもりはないんだけどさ」
清水が僕の肩を叩き、「ちょっと、コーラでも買ってくるよ」と部屋を出ていく。高校時代から彼はいつも穏やかで、彼が友人の輪の中にいるだけで、どんな諍いも深刻なものになる一歩手前で踏みとどまることができた。
「確かに、誰かが責められなくちゃいけない話でもないんだけどさ」
宇沢の顔が緩む。瀬野が二度、大きく頷く。
「駅前の“白鳥” . . . 本文を読む
しかし、彼らのこのけたたましい好奇心には、きっと何らかの理由があるに違いない。それを知らないまま、さしたるドラマもなく大きく発展しているわけでもない奈緒子と僕の話をするわけにはいかない。
一つ咳払いをして僕は、三人と対峙した。
「なんか、尋常やないなあ。何かあるんちゃう?」
酒が入ると田舎の言葉になるのだが、僕はここ一番、かなり使い慣れてきた関西弁を貫こうと思った。
「いや、たまたまだけど . . . 本文を読む
それから僕は丸3日間、次々と現れる同級生達と酒を飲んで過ごした。そして3日目の朝遅く、高くなった日の光を浴びて目を覚ますと、友人達の酒に疲れた寝顔が間近にあった。すえた酒の臭いから逃れるようにトイレに行き、ポケットの中のメモを取り出した。
奈緒子の電話番号を確認。1〜2度口の中で反復してみた。電話を掛ける、指定された場所に行く、顔を合わせる、そして‥‥‥。その一連の行動がやがて僕自 . . . 本文を読む