昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―⑩

2017年01月30日 | 日記
翌朝から、僕はとっちゃんに積極的に語り掛け始めた。桑原君はそ知らぬ顔を決め込んでいたが、おっちゃん、カズさん、大沢さんは、うれしそうに二人の会話に時々加わってくれた。 「とっちゃん。いつも何時頃起きてんの?」 「早いで~~」 「朝刊終わってから、何してんの?」 「いろいろやな~~」 「家のこと手伝ってんの?」 「それは、おばはんがやることやがな」 僕が掛ける言葉はほとんどが暖簾に腕押 . . . 本文を読む

1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―⑨

2017年01月28日 | 日記
翌5月5日、目覚めた瞬間から、もう僕は時間を持て余していた。白々と明けた窓の外は快晴。気温も上がっていきそうだ。 大沢さんと桑原君はどんな休日を迎えているのだろうか。仕事仲間二人それぞれの部屋と、それぞれと交わした会話が思い出される。 大沢さんの過去と宗教、桑原君の情報収集力、二人の異なる個性。そして、おっちゃんとおばちゃんが販売所夫婦になるに至った経緯などを思い描くと、“自立なく . . . 本文を読む

1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―⑧

2017年01月26日 | 日記
大沢さんの部屋も決して暗くはなかったのだが、桑原君の部屋は南側だけではなく西にも窓があり、一段と明るく感じられた。大沢さんの部屋と同様、二つの大きな窓は腰窓よりもやや低く、手摺が取り付けられていた。西の窓からはちょうど西日が差し込んでいる。その向こうに広がっているのは、賀茂川だ。 「紅茶、どうや?」 ソーサーに乗せた紅茶カップを手にした桑原君が、窓辺に立つ僕に近づいてくる。 「君、ほんま危な . . . 本文を読む

1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―⑦

2017年01月24日 | 日記
5月4日。翌日が休刊日とあって、夕刊配達が終わった後の販売所はのどかな空気に満たされていた。おっちゃんは軽口を叩き、いつもはそ知らぬ顔をしている大沢さんも、軽口の一つひとつに反応していた。上機嫌だった。 カズさんが帰ってきて全員が揃うと、おばちゃんの「さ、早う食べや~~」という声が奥から聞こえてくる。 「これや、これ~~!」 とっちゃんがいち早く立ち上がり、階段下に腰掛ける三人を押しのけるよ . . . 本文を読む

1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―⑥

2017年01月22日 | 日記
「さ、行こか~!」。 自分の配達を早めに終えたカズさんは、僕が販売所に到着するやいなや僕の尻をポンと叩いた。彼が乗った自転車には、僕の配達分と思われる新聞の束が載っている。 「付いといで!」 言うが早いか、カズさんの自転車は北山通りを突っ切り、鴨川沿いの道を下っていく。振り向きもしない。後を追う。朝の冷気が頬に心地よい。 「まず、ここに半分置いておくんやけど、雨の日は‥‥、ま、それはまた終 . . . 本文を読む

1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―⑤

2017年01月20日 | 日記
4月になった。 勉強しなければ、と思う心に反して、気力は生まれてこなかった。このまま気力なんて完全に喪失してしまうのではないかとさえ思った。 寝転び天井を見つめると、想い浮かぶのは初恋の人と会ったごくわずかの時間と、啓子と過ごした2時間のことばかり。突然背中を突き抜ける不安に襲われても、身体は敷きっ放しの布団にだらしなく沈みこんだまま。どこか確かな処へ向かって動く気配も見せない。そんな状態だっ . . . 本文を読む

1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―④

2017年01月18日 | 日記
京都駅山陰線ホーム。午後1時半。春の光を背に現れた啓子は、最後に会った夏の終わりよりもほっそりとして見えた。日差しに黄色く染まったピンクのジャケットと白のスカートが目に鮮やかだった。左手に下げたハンドバッグのすみれ色のように、啓子は大人へと花開きつつあった。 ぎごちなく言葉を交わし、僕たちはともかく北へと歩いた。まだ春浅いというのに暖かく、僕の下着はたちまち汗に濡れた。 目標にしていた四条河原 . . . 本文を読む

1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―③

2017年01月16日 | 日記
1969年4月下旬。かくして僕は、新聞少年になった。給料は、23,000円。生活費は、下宿代5,000円を含め17,000~20,000円だったので、十分な額だった。 その夜、いつもの定食屋の100円定食に生卵1個を追加した。早く寝なくてはと思ったが寝つけなかった。枕元にラジオと日記帳を置いてうつ伏せになった。 “いよいよ自立への第一歩だ。足は軽やかだ。澱が落ちたような気分だ。楽し . . . 本文を読む

1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―②

2017年01月13日 | 日記
「なんや、とっちゃん!大きな声はあかん言うてるやろ、いつも。もう~!」 小太りのおっちゃんが奥から出てきた。歩くと汗ばむほどの陽気とはいえ、クレープのシャツにステテコは早過ぎる。シャツのボタンが上から二つ外され、胸元から貧相な胸毛も覗いている。 とっちゃんから僕へと転じられたおっちゃんの大きな目が、ギラリと光る。 「何や、配達か?したいんか?」 おっちゃんはカウンターに両手を掛ける。とっち . . . 本文を読む

1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章― ①

2017年01月11日 | 日記
玄関、ガラスの引き戸を開けて正面、2階へと続く階段の下から3段目に、彼は大股開きで座っていた。タバコを挟んだ人差し指と中指の先を鼻の穴に突っ込んでいた。入り口に向かってVサインをしているようにも見えた。 僕は一瞬ひるんだ。元気いっぱい張り上げたはずの「ごめんくださ~~い」がか細い。 すると彼は、フィルターまですっぽり口の中に納まっていたタバコを引き抜いた。ジュポンと音がしたような気がした。 . . . 本文を読む