とっちゃんの言うとおりだと思った。醜い、汚いなどという言葉を一方的に吐きかけたことが悔やまれた。内側へと辿って行けば、確かにみんな変わりはしない。“結局、一緒やないか!”。
むしろ、己の欲望に真っ直ぐなとっちゃんの方が、真っ直ぐな分だけ、僕よりましだとは言えないだろうか。そんな思いが次第に強まっていた。
「よく言ったなあ」
耳元の声に振り向くと、大沢さんだった。「みん . . . 本文を読む
お客さんが入ってきたのにタイミングを合わせ、もう一度深々と謝罪のお辞儀をして、僕は「松庵」を出た。
帰路に付いた途端、自分を責める言葉と後悔の念に襲われた。
“おっさん”の無責任な言葉と僕自身のお節介と、一体どちらが罪深いのだろう?…何の準備もなく、さしたるビジョンもなしに行動を起こした報いだ!…とっちゃんのことだから、という意識が無責任を生 . . . 本文を読む
「仕事、終わったの?早かったねえ。夜は、なかったの?」
「…………」
とっちゃんは、無言のまま電柱の陰から出てこようとしない。こちらを窺う右目が、赤く光っている。
「どうしたの?」。自転車を押して近付こうとすると、顔を隠す……。止まる。右目を出す。止まる。を繰り返し、“ぼんさんが屁をこいた&rdq . . . 本文を読む
「大丈夫!心配いらんて!」と目で合図してくるとっちゃんに、「じゃ、頑張って!」と手を振り、僕は店を出た。入れ替わりに男性客3人。常連客らしい。店主の威勢のいい声が聞こえてくる。繁盛店の賑わいを思わせる空気が横溢している。職安の係員がすぐ電話したのも、店主からの“緊急!”の要請があったからに違いない。
とっちゃんは店主の決断の速さと喋り方に安心感を抱いたのかもしれないが、い . . . 本文を読む
とっちゃんを連れて相談カウンターへ。係員の目が量るようにとっちゃんに鋭く注がれ、すぐに緩む。緊張に引き締まったとっちゃんの横顔は、常識をわきまえた男に見えなくもない。
申し込み書類に書き込むよう誘い、耳元に小声で指示を出す。
「なに?ここでええの?ここか?」
とっちゃんの大きな確認の声が僕の気遣いをかき消す。係員が皮肉な笑みを向けてくる。睨み返したい気持ちを抑え、なんとか申し込み種類を書き終 . . . 本文を読む
とっちゃんにできそうなことを思い描きながら、求人資料をめくり続けていると、次第に“とっちゃんは新聞配達をしていた方がいい”という考えに傾いていった。
無表情に書き連ねられた応募条件からは、労働環境や上司となるべき人の資質や性格はまったく読み取れない。そして次第に、それがおそらく、とっちゃんにとって最も大切なことだとさえ思えてきた。
一旦めくる手を止め頬杖をついてみると、 . . . 本文を読む