離反の危機?!
北澤興業からの誘いに乗ることもなく、倉田興業の元に残った協力会社5社の結束は固かった。大川氾濫後の復旧事業の激務を乗り越えてきた自信と誇りも共有していた。
“グループ会議”の意味もわからないまま出席した義郎が、既に席に着いていた4人と異なる扱いを受ける言われは、本来ない。ましてや、彼らに仕事を発注する側の取締役になることなど、あってはならないことだとさえ . . . 本文を読む
新体制?!
義郎が引っ越して四日後の朝、公平から内線電話が着た。
「グループ会議をするから、4階の会議室に来てくれ」というものだった。
現場に行く準備をしていた義郎は、一旦は断ろうとしたが「30分で終わる。改めてみんなを紹介するようなもんだから」と押し切られた。8時になろうとしている時だった。
作業着のまま、階段を駆け下りた。現場に8時半までには着きたいと思った。有限会社KOUで契約した作 . . . 本文を読む
義郎の新しい役割
1987年6月。義郎は、机2つと椅子3脚、FAXと電話機に手提げ金庫一つを軽トラに積んで引っ越しをした。倉田ビル5階南向きの一室には、応接セットと書架が用意されていた。20平米と聞いていたスペースは想像していたよりも狭く、応接室の一角に机を置かせてもらった感じだった。
段ボール一個の書類を書架の“有限会社KOU”と貼り紙された棚に片付け、椅子に腰かけた . . . 本文を読む
大いなる挫折の始まり
大川堤防を下り、自宅前に着く。家の灯りは点いていない。駐車場に軽トラを停め、リビングに駆け込んだ。雷光に一瞬見えたリビングの様子は、出かけた時と変わっていない。
次第に高まっていた大雨の予感が、一気に頂点に達する。防災のための緊急出動に備えて準備を整えるための帰宅だったが、帰宅途中から目的は避難へと変わっていた。
松が淵から大川が溢れて12年。大川の流れそのものを変えな . . . 本文を読む
充実の日々から…
義郎は公平の元へ急いだ。いつも現場からの帰り道、大川堤防の路上から眺める松が淵の風景に、変化が起きていることに思い当たったからだった。
義郎はいつも、軽トラの窓から目に入ってくる一本杉に、一日のと自宅と家族の安全と安寧を照らし合わせていた。が、松が淵の本当の姿はその10メートル下、いつも緑に深く沈む淵にこそあるのだ、ということは忘れがちだった。優子と話すうちに、 . . . 本文を読む
松が淵が埋められる?
優子の話を聞き終わり、気の抜けたコーラを口に運ぶと、わずかに喉に刺激があった。甘さだけが口に残った。それもまたうれしかった。
義郎は、“松が淵の神様”に感謝したいと思った。父親の死の悲しみを受け止めてくればかりか、その時の姿を優子に焼き付けてくれた。水を溢れさせることで公平と義郎の仕事の危機を救ってくれた。そして、過去を洗い流し、新しい暮らしを始め . . . 本文を読む
優子の告白
優子との大川堤防での出来事は、それからの義郎の運命を一変させた。
2か月後には妊娠を告げられ、結婚を約束。結婚式は隣町の教会で挙げることになり、優子が年末に向けて段取りを組む一方、義郎は新居探しと職探しに奔走。公平の紹介で平屋の古民家を新居と決めた時には、もう結婚式まで一週間を切ったところだった。
中学時代はおっとりとして見えた優子がきびきびと動く姿を、いつも義郎はただ茫然と見つ . . . 本文を読む
優子の思い出
優子との付き合いが始まって以来、身体の奥底に燻り続けていた疑念と嫉妬が、むらむらと湧き起こる。
「いつだったかなあ?義郎ちゃんが飛び込むのを見たの」
義郎の気配の変化に、優子は口籠る。
「僕が松が淵に飛び込んだの、一回だけだから……」
義郎も口籠る。穏やかな幸せに満たされ深く沈殿したままだった卑しい感情に、どう向きあっっていいのかわからない。
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