7月17日がやってきた。
とっちゃんは配達の出発を後らせ、僕が販売所に到着するのを待っていた。初めてのことだった。すこぶる上機嫌だった。
「グリグリ~~、おはよう。ええ天気やなあ。宵山日和やで~~~」
声がひと際甲高い。
「じゃ、行ってくるわ~~。グリグリも頑張るんやで~~」
自転車の軋む音が勢いよく遠ざかっていく。
「とっちゃん、張り切ってんなあ」
カウンターの陰から顔を上げたおっ . . . 本文を読む
それから三日後、夜遅く、桑原君が突然やってきた。眠りに落ちる寸前だった。
窓にコツンと小石がぶつかる音に起き上がり窓を開けると、道路の中央に黒い人影が佇んでいる。桑原君だった。座り込みを誘いに来たのだと思った。
階下から先導し、静かに招き入れた。部屋に入り振り返ると、桑原君は入口で立ちすくし頭を垂れている。
「夜中にすまん。販売所閉まってるもんやから」
小さな声が震えている。袖をめくった長 . . . 本文を読む
下宿に戻った。ポストのチェックは忘れなかった。啓子からの手紙はその日も着いてはいなかった。
決心していた“とっちゃんと宵山に行くこと”がぐらつき始める。とっちゃんと宵山に行く、ただそれだけのことなのに。
夕闇が迫る頃、未練がましく、もう一度ポストを見に行った。案の定、空だった。暗い6畳に戻り、窓を開けた。窓辺に肘を掛け、生暖かい夕風に顔を曝した。
夏を迎えて、やけに田 . . . 本文を読む
「お帰り~~。とっちゃん、何してたんや?」
おっちゃんののどかな声と笑顔が迎える。販売所にはみんなが揃っている。
「宵山に連れて行ってくれって言うんですよ、とっちゃん」
おっちゃんに告げる。すると、大沢さんと話していたカズさんがすぐに振り向いた。
「やめとき、やめとき~~」
顔をしかめながら、手を左右に大きく振る。
「とっちゃんも、もうじき二十歳やもんなあ。一丁前の青年や。付くもの付い . . . 本文を読む
販売所がぎくしゃくしたのはその朝だけで、翌朝からはいつもの朝の風景を取り戻したように思えた。
しかし、二階には根深いぎくしゃくが残っているようだった。
「議論するのはかまへんけど、怒鳴るのは勘弁してほしいわ」
大沢さんが数日後の朝、珍しく愚痴をこぼした。
「聞こえてくる言葉から想像するに、桑原君、相当のめり込んでるなあ」
「何にですか?」
「学生運動や。ちょっと過激な感じやなあ」
僕 . . . 本文を読む
翌日、晴れ上がった空には夏の太陽があった。朝刊を配り終わり、玄関脇の水道で洗ったTシャツを絞っていると、とっちゃんの顔が突然目の前に現れた。
「グリグリ、なんか悩んでへんかあ?」
「え?なんで?」
「顔に書いてあんで~~」
「別に、悩みないけど」
「ほんま?なら、ええけど」
薄ら笑いの顔が販売所の中に引っ込む。僕は濡れたTシャツを肩から掛け、後を追うように中へ入って行く。
前夜の銭湯 . . . 本文を読む