それぞれの清算
桑原君がドアを開けると同時に、柳田が身を屈めて忍び寄ってきた。僕達をすり抜けるように外に出て、唇に指をあてる。それを合図に、三人は額を寄せて輪になった。
「どうもすんませんでしたねえ、ママの件では。ちょっと、これだけはお知らせさせといてください。実は、その風呂敷包み、ママ開けはったんですわ。中にもう一つ風呂敷包みがあって、それ開けると木の箱があったように見えたんですが、その上に . . . 本文を読む
夏美さんの豹変
風呂敷包みを預かった翌朝、桑原君はその存在の重さを思い知らされる。簡易宿泊所に隠し場所はなく、持ち歩いていては仕事にありつけない。持って外に出てみたが、どうしていいものやら、まるで思いつかなかった。
風呂敷包みを小脇に、朝まだ早い路上に立ち尽くしていると、三々五々宿泊所から出てくる人たちの眠そうな目が、必ずと言っていいほど風呂敷包みに止まるのも気になった。
小 . . . 本文を読む
風呂敷包みの正体
“原点の共有”……。魅力的な言葉だと、僕は思った。そして一方で、奈緒子とは果たして何かを共有できたのか、いやそれ以前に“共有したい”という願望が僕の中にあったのだろうか、とも思った。
「それで、釜ヶ崎で暮らしてみてどうやった?」
桑原君は釜ヶ崎でどんな経験をし、何を感じたのか。そして、その向こうに見 . . . 本文を読む
終わりの始まり
「本当は、誰も大事にしてへんねん!」
桑原君が、グラスを見つめながら声を上げる。いきなりの大声に、“ディキシー”に一瞬の静寂が訪れる。
「何言うてんの?!桑原君!」
夏美さんが滑るようにやってくる。止まっていた“ディキシー”の空気が、また動き始める。僕は、グラスに残っていたジンライムを一気に飲み干す。
「折角ここまで頑張って . . . 本文を読む
秘密の共有
咄嗟に“ディキシー”を諦め、桑原君の腕を取って引き寄せ、河原町通りに出た。雑踏に紛れた方が安全だと思えたからだった。
しかし、晴れ着姿も消え普段のにぎわいを取り戻した河原町通りの明るさの下でもう一度桑原君を見ると、その異様さはむしろ際立って見えた。濃紺の薄いセーターにはそこかしこに泥らしきものが付着し、首元に覗くシャツの襟も黒く汚れていて、しっかりと小脇に抱 . . . 本文を読む
不穏な1972年の年明け
柳田に揺り起こされ目覚めたのは、午前3時を回った頃だった。しばらく事態が呑み込めず呆然とした後、奈緒子を求めて頭を巡らせた。店内には、僕と柳田だけだった。両方のこめかみが動悸を打ち、その度に頭の芯から痛みが響いた。
「大丈夫ですか?」という柳田の手を振り払い、トイレに駆け込んで数度吐いた。吐く毎に嫌な思いが蘇ってきた。
“奈緒子はどうしたんだろう?夏美さ . . . 本文を読む