まだ19歳の夏美さんは、ほとんど男子大学生ばかりの客に多くを学んだ。そして、次々と放たれる言葉を、ある時は受け止め、またある時は跳ね返しているうちに、ふと気付いた。
「なかなか職が決まらんと、いつもぐだぐだ言うてるうちの宿六と変わらへんなあ、思うたんよ、ある日。口から泡飛ばして、一生懸命話してはるんやけどなあ、みんな。……“異議あり!”とか言う . . . 本文を読む
夏美さんの夫は、大阪ミナミのライブハウスのオーディションに落ちてからというもの、すっかり音楽で身を立てる意欲を失くしてしまったようだった。しばらく荒れていく心のやり場に困っていたようだったが、近くに悪友もなく、憧れの目で見つめてくれる女の子もない大阪では、自分で解決していく他なかった。
「実家を一度も出たことない大人みたいなもんやったんよね~~。自分で動いて、自分で結果に責任を取る、いうのが大人 . . . 本文を読む
夏美さんは、恋に落ちた。そしてすぐに、それがうたかたの恋だと気付いた。しかしだからといって、身を引くわけにはいかないと思った。16歳の少女の心の強さは、遊び慣れたギタリストの想像を超えていた。
「あまり喋らへんし、我儘言わへんし、扱いやすい思うたんちゃうかなあ。彼が気持ちの優しい人やったのも確かやけど……。たま~に苛立ってたけど、手は出さへんかったしなあ。&helli . . . 本文を読む
「そう言えば柿本君、夏美さんと話したことないでしょ?!」
僕の目に警戒の色を見た和恵はカウンターに両肘を乗せ僕を覗きこみ、次いで夏美さんの方に軽く顎をしゃくった。
「確か、昨夜はお話できませんでしたね」
和恵に促され僕の前に立った夏美さんが、柔らかく微笑む。軽く化粧の乗った顔は、至近距離から見ると、随分と大人に思えた。
「おばちゃんやなあ、思うたんでしょう?」
「いえいえ、そんな&hel . . . 本文を読む
思わず上から下、下から上へと、僕は目を動かしてしまった。和恵のジーパンに黒のノースリーブ姿は、数時間前とは別人のようだった。
「また気持悪くなるわよ」
僕の目が合うと、和恵は微笑み首を横に振った。後ろに束ねていた髪は下ろされていた。ノースリーブの肩に触れるか触れないかのところで2~3度揺れた髪に、僕は和恵の女を感じ、しばし目を離すことができなかった。
「面倒見よかったやろ?!和恵」
上村越 . . . 本文を読む
「お前、ここ知ってたんか、わしらの店やいうの。……小杉さんに連れてきてもろうたか」
僕の左肩に乗せた手を右肩に移し、そのまま身を捩るようにして左隣のストゥールに、彼は腰掛けた。僕は抱きかかえられんばかりに引き寄せられ、左に傾いた。
「ええタイミングやったなあ。小杉さん、今夜来とるで。……ほら、あそこ、あそこや。奥の角」
指差された方に目 . . . 本文を読む
「こいつには今夜から働いてもらおう思うてるんやけど、かまへんか?」
僕に異存があるわけもなく、その夜にはコックの弟・耕三と交代することになった。
さっさと部屋に戻り、窓を開け放して窓辺に佇んだ。正面から浴びる夕日が、店のクーラーに一旦引いた汗を呼び戻してくる。台所に行き、シンクの洗面器一杯の水を運んでくる。一気に水を撒き散らして、腰掛ける。
立ち昇ってくる土の匂いを吸い込むと、ふと菜緒子を思 . . . 本文を読む