松が淵はどうなるのか
長沼からの報告は、彼の生真面目さを表す綿密なものだった。まず長沼は、松が淵の昔をよく知る長老たちにヒヤリングをしていた。
「僕が聞いた限りでは、松が淵の歴史はそんなに古くはなさそうですね。松が淵と呼ばれるようになったのは、戦後のようです。田上さんが生まれた頃かも知れませんよ。
もっと前、明治の初めの頃は、松が淵の所から大川は分かれていて、今の下沢地区の方にも流れていたん . . . 本文を読む
一つ目の危機?
義郎と長沼の関係は、次第に“あ・うん”のものになっていった。
一方は現場経験のみ、もう一方はほとんどデスクワークという、それまでの経験の違いを乗り越えさせたのは、圧倒的な仕事量だった。
地権者の欲と思惑が交差し入り乱れる市の中心部はほとんど手付かずのまま、郊外の開発は目を瞠るばかりの勢いで進んで行った。企業誘致のための工業団地の造成、“酷道 . . . 本文を読む
長沼との連携
雨音が激しい。20年前の台風の時よりも激しい気がする。
あの時は消防団の仲間と消防小屋に駆けつけようとした。そして、大川の流れが逆巻きながら松が淵にぶつかり、下沢地区へ流れ込んでいくのを、遠くから見た。まるでテレビでも見ているようだった。仲間の中には、感動の声を上げる者さえいた。
台風一過、秋の訪れを思わせる澄み渡った空の下で見た下沢地区は、泥に埋まっていた。義郎の生家は跡形も . . . 本文を読む
転落の軌跡 ②
口を真一文字にして、長沼は義郎を見つめている。その目に曇りはない。
「どこで話しましょう。………いや。現場が先ですよね。みんなもう行ってるんで、僕も行かなくちゃいけないし……。いつだったらいいですか?」
長沼の目に自分への期待を感じた義郎は、長沼との話し合いを急ぎたいと思う。自分が何を成すべきか、その答はき . . . 本文を読む
転落の軌跡 ①
リビングの窓が稲光に白く輝く。屋根瓦を稲妻が音を立てて通り抜けていく。小休止していた雨も、また激しくなったようだ。倉田興業のみんなはきっとやきもきしていることだろう。
義郎はテーブルに置いた軽トラのキーを手に取り、駐車場へと階段を下りようとした。ドアノブに手を掛けると、電話が鳴った。
「は~~い」
優子からだと思い急いで出たが、電話の向こうは長沼だった。息せき切っている。
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幸助とのダイブ
義郎の咄嗟の宣言に、小さな声で「無理しちゃだめよ。利用されてるって……」とまで聡美が言った時、ドアが開く。
「こんばんは~~」
屈託ない幸助の笑顔が覗く。
「こんばんは。お疲れ様!頑張ってるわねえ、幸助君」
応じる聡美に、もう心配や苛立ちはない。
勢いよく立ち上がったままの義郎にも笑顔を向けて、幸助はドアを閉める。
入れ違いに入ってきた優子 . . . 本文を読む
覚悟する喜び
「そうよね。気になるわよね。当たり前よね」
聡美は義郎、優子と順に見て俯き、ビールをあおる。
「自分の旦那と兄貴がやってること、私、本当に申し訳ないと思ってるのよ。………ごめんなさい」
聡美が額をテーブルに押し付ける。
「いやいや、そんな……」
義郎はうろたえ、優子をすがるように見る。優子は静かに微笑ん . . . 本文を読む
達男と公平は何を……
「大丈夫?義郎さん」
聡美の抑制した声に心配する心が滲み出る。その気遣いと優しさはうれしく、有り難いと思う半面、大袈裟な感じもしなくはない。それが1年ぶりの来訪の理由とも思えない。
「大丈夫ですよ」
と応える目を、聡美の疑いの目が覗き込む。
「無理してない?厭になってない?……ほんとに大丈夫?」
「大丈夫です . . . 本文を読む
崖っぷちへ
喫茶“白鳥”から出ると、義郎は空を見上げた。快晴だった。千切った綿のような雲が数個、ゆるやかに浮かんでいる。
振り返ると、4人の笑顔があった。勘定を終えて出てきた長沼の顔も安堵している。
「じゃ!今日も頑張りましょう!」
義郎は、一人ひとりと握手をしたい気持ちを言葉に込めた。
「頑張りましょう」
「現場が待ってるもんね」
「遅くなったもんねえ」
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