第21回
「いろんな条件、同時に考えてると前に進まないから、まずプライオリティ付けましょうか」
占部の言うとおりだ。
「よし!まず、妥協したくないことから決めていこうか」
ある種の覚悟が田端の中で固まる。
「じゃあ、サイパンロケを前提にしてください!」
三好が、この一点は譲れない、とばかりにコンテ・ボードを叩く。
「わかる!女性のトキメキを表現するための空気感がないと、このCMのコン . . . 本文を読む
第20回
「バタやん、打ち合わせ大変やったろ。無茶苦茶やもんなあ、最近の代理店の言うことは。あいつらの言うこと飲んでたらやっていかれへんもんなあ、ほんまにもう。しんどいこっちゃで」
社長の堂島が立ち上がり、田端をねぎらう。3週間の不在を後ろめたく思っている風情はない。
「クリエイティブの時代は終わりましたね。そんな感じですよ」
堂島への皮肉も込めて言ったつもりだったが、堂島は気付く素振りも . . . 本文を読む
第19回目
「捜索願いを出そうかな、と」
一度咳払いをして大きく溜息をつきそう言うと、千鶴子は久美子を真っ直ぐ見つめた。その目には苛立ちと怒りが混在している。
「捜索願い……」
久美子はおうむ返しに呟く。一気に安達が手の届かない所へ行ってしまったようで、語尾がかすれる。
「たくさんの人の手を借りたいなあ、と思っただけなんですが……」 . . . 本文を読む
第18回
死の床に駆けつけた安達を目の端に見つけ小さく首を動かした父親に、安達は顔を近付け、かすかに動く唇に耳を寄せた。妹と母親は病室の片隅で、閉店することになったスナックの後処理を話し合っている。遠く川崎から駆け付けた妹と東京からクルマを飛ばしてきた兄は、それぞれがそれぞれの役割を果たそうとしているかのようだった。
「ちょっと!」
しばらくすると、安達が叱責の声を飛ばす。母親と千鶴子は、ベ . . . 本文を読む
第17回
「兵藤さん?……ですか?」
名前を呼ばれ一瞬戸惑ったが、久美子には安達の妹であることがすぐにわかった。戸惑いから親しみに変わった目元が安達にそっくりだったからだ。
「そうです。……ちいちゃん……ですか?」
安達からは“ちいちゃん”としか聞いていない。
「そうです。千鶴子で . . . 本文を読む
第16回
安達の事務所に向かう。キーホルダーには鍵が5本。自宅2本、安達の事務所、会社のロッカー、そして愛車サーブのものだった。
「え!!スカンジナビア航空で働いてるの?」
「経理ですけどね」
というのが、安達の友人の建築士が主催するパーティで紹介された時、初めて交わした言葉だったが、話題はすぐに、ハッセルブラッド、イケア、ノキアといった北欧デザインへと進み、彼がいかにサーブを愛しているか . . . 本文を読む
第15回
二日後に管理人から渡された見積書には、驚くべき数字が記載されていた。原状復帰工事費、概算240万円。LDKと寝室の間の鴨居に穴を開けたとはいえ、天井に合計4か所吊り金具を取り付けたとはいえ、シンクの上と寝室の窓枠の上に少し穴を開けたとはいえ、あまりにも高額だ。
払えない額ではない。久美子の口座には1000万円近い預金がある。しかし、想定を超える出金はできるだけ抑えておきたい。金銭が絡 . . . 本文を読む
第14回
「新しいこと始めたいと思ってる時って、酔っ払ってしまうこと多いですよね。気を付けなくちゃ」
「結婚なんか典型だよね。僕は冷静だったけどね」
「冷静な結婚をしたはずのめぐみが、今になって“一週間くらい気絶してた感じよ~~”なんて言ってるもんなあ。高山さんにも愚痴言ってたんでしょ?」
「もう愚痴レベルじゃない感じだったけどね。内側ではもう、何かが動き始めてるよ . . . 本文を読む
第13回
二人の語る新ビジネスは斬新な衣はまとっているが、既に他人の手垢が付いているようにも高山には思えた。
「最近の“雑誌コーディネーション”を見ているような感じがするんだけど、なぜだろう」
「“雑誌コーディネーション”?」
新ビジネス企画の主導的立場にいると思われる竹沼の目が挑戦的に光る。
「オーソドックスなわけでもなく、目を瞠るほど斬 . . . 本文を読む