不信と不安とゆらめきの〝ディキシー”
グラスを柳田に掲げて傾けた奈緒子の首筋が赤く染まっている。ダウンライトの光に、赤らんだ横顔もやけに大人びている。奈緒子のグラスの先には、柳田の端正な笑顔がある。奈緒子に送り返す視線が、意味ありげに思えてならない。
目を奈緒子に戻すと、小さく「おかえり~」ともう一度言って、僕のグラスにグラスを重ねてくる。「結構飲んだみたいやねえ。 . . . 本文を読む
そして、ざわめきの始まり
「いつも、手紙ありがとう。ちゃんと学生してるんだね」
腕を組み、黙って数十メートルを歩くと、奈緒子が言った。その笑顔と言葉には気遣いが溢れている。期待外れの気を取り直し、逢えた喜びを大切にしようとしているように見えた。
「うん。十分やないけど…」
自分の独りよがりに、僕は口籠る。
「いいの、いいの。約束は守ってくれてるんだし」
僕の腕 . . . 本文を読む
奈緒子との夜の始まり
夏美さんの快諾を得て、奈緒子と過ごす二日間に心配なことはなくなった。よし!と部屋に戻ると、頭の中に一日中あった奈緒子の存在感とは無縁の空間がそこにはあった。奈緒子を受け入れるための最低限の、そして二人で過ごす基本となる環境を僕は用意できていないんだ、と思った。途端に、僕の中にいる奈緒子が消えていきそうな気さえした。
持ち歩いていた奈緒子からのハガキをポケットから取り出し、 . . . 本文を読む
奈緒子のための準備
5日後、奈緒子から早々と返事が届いた。文面は弾んでいた。
“ハガキ、ありがとう!28日、6時、京都駅!新幹線の出口で待ってて~~!来れる?来れるよね。早く会いたいな~~~~~!あ、6時は午後6時で~~す!”
文末にはイチゴのスタンプが押してあった。大学は冬休みに入り、バイトだけの日々になっていた。ハガキをデニムのコートのポケットに入れ、少し前借りを . . . 本文を読む
苦悶の始まり
その夜は、なかなか眠りにつくことができなかった。僕自身にとっての“今”とあるべき“未来”が幾層にも重なって浮かんできた。
その頃は、“きちんと学生をする”暮らしが次第に身に付き、毎日が時間割をなぞるように過ぎていき始めていた。変化がない安心感もわかり始めてきていた。しかし一方で、間欠泉のように噴き出してくる焦 . . . 本文を読む