「そうかもしれへんなあ。……俺に、飛び込んだ意識はないけどなあ……とりあえず、若かったのは確かやけど……」
カウンターに顎を乗せた小杉さんの話し方には、夏美さんへの甘えがはっきりと見てとれる。黒ヘルのリーダーとして一部の学生たちには恐れられてさえいる小杉さんは、そこにはいない。
「23歳でその台詞はないん違う? . . . 本文を読む
「夏美さん、ガクさんのこと、すぐに諦められたんですか?」
僕は、あまりにもあっさりとした恋の終わりが納得できなかった。
「安易な別れは安易な始まりの産物だ、と僕は思うんですけど……」
「あら?!柿本君、言うやないの?!君、始めるのが下手なタイプなんやねえ、きっと。人の気持いうもんは、確認や約束ができるもん違うから、時間かけても一緒よ、結果は。どこかで一度は飛び込ん . . . 本文を読む
街路灯の下を避け、コカ・コーラの自動販売機の横に、夏美さんは立っていた。ガクさんの横顔をほんのりと自動販売機の明かりが照らし出していた。
「なに?……なんやの?夏美ちゃん」
わずかの間の沈黙にじれたように、ガクさんは俯く夏美さんに問い掛けた。夏美さんの頭から用意していた言葉が消える。エプロンを外してくるのを忘れたことに気付き、端を握ると力が籠った。
ちらりと見上げ . . . 本文を読む
ガクさんは、夏美さんが会ったことのない種類の男だった。
「と言うより、見たこともない人種やった、言うた方がええんかもしれへんわ」
今目の前で起きていることを観察する力、どう対処するべきかを判断する力、判断に基づいて行動する力……ガクさんの、そのすべてが信頼できた。そして、何もかもをその力に委ねることができた。
「別れた宿六とはあまりにも違う人やし、最初は&ldqu . . . 本文を読む
20歳の年の暮れ、大晦日の東大路をリヤカー一つで夏美さんは引っ越した。店の二階の納戸に住まわせてもらうことになったのだった。
「柿本君、私の部屋覚えてるでしょ。納戸言うてもねえ、あんな感じやと思うわよ」
和恵が横から注釈を入れる。
「まあ、そやろなあ。家の造り、ほとんど一緒やから、京都の町屋は。三畳くらいの部屋で私には十分やったし、安アパートいうてもなあ、一人住まいにはもったいないし、&ld . . . 本文を読む
夏美さんは、連日連夜、学生たちに勧められる二級酒を飲んでは青春の渦に飲み込まれていた。店が終わる12時頃には、お酒と熱い会話に顔が上気していた。学生たちの言葉や想い、それに対する戸惑いやざわめきの余韻が頭の芯から足元まで残っていた。
一時間ほどで店を片付け、アパートまで20分の道程を歩いていると、夏美さんが身を置く二つの現実の幅広い境界線を横切っていくような気分だった。「どっちやろ?どっちや~~ . . . 本文を読む