屋台の親父に紹介され小杉さんの名前を出すと、親父は「なんや、今日は小杉ちゃん人気やなあ」と言って笑った。
佐竹の横顔も笑っている。二人とも小杉さんとは旧知の仲のようだ。一体いつから、どんな関係なのか。
「誰か他にも小杉さん尋ねて来はったんですか?」
と桑原君が身を乗り出すと、親父は佐竹に目で確認した上で、話し始めた。それは桑原君にとって、小杉さんの裸を覗き見るような話だった。
小杉さんが最 . . . 本文を読む
「いつ頃ですの?小杉さんに最後に会わはったの?」
桑原君は急き込むように聞いた。
「いつ頃って、2~3年になるかなあ。君、知ってんの?彼のこと」
「知ってる言うより、兄貴のように思ってるくらいの人ですよ。……なんや。最近見いひん、言わはるから…」
「2~3年言うたら最近やないかい。……そうか~。兄貴か~~。そういう感じの . . . 本文を読む
「奇妙な潜在的階級意識とでも言えばええんかなあ。“俺が教えたるわ、その仕組み”言う奴が増えたんは確かやなあ。悪い言い方で言うたら、必要もない上に中途半端な知恵を置いて行きよったとでも言うたらええんやろか、あちこちに。でもまあ、それはええとしよう。やっかいなんは、意地っ張りの活動分子と逃げ込んできてる活動家や」
佐竹が鋭く桑原君を覗き込む。ついでに、またポケットを探るが、煙 . . . 本文を読む
「学生、どっちかと言うと嫌われてんねん。気い付けんとあかんで」
髭の男は小声で肩を叩いた。微笑みの奥に、鋭く光る目があった。
「ちょ、ちょっと、すんません」
立ち去ろうとする男の腕をすがるように掴んだ。ドヤ街にやって来て2週間。やっと、きちんとした話ができそうな気がした。
「話あるんやろなあ。あるわなあ、それは。ずっと相手にされてへんもんなあ」
くるりと向き直った男の目から鋭さが消えてい . . . 本文を読む
手配師の到着を待ち、競って仕事を奪い合い、軽トラックに乗せられて現場に行く。一日限りの肉体作業が終わると、その日の稼ぎを手にして酒を飲む……。
「嫌いやなかったなあ、そんな日々。働いてる時はできるだけ水飲まんようにして、終わってから屋台や酒屋の店先で、コップ一杯の冷酒をくく~っと飲むんや。身体の芯から酒が沁み渡っていく感じ、あれはええもんやで。癖になるわ。安あがりやし . . . 本文を読む
翌日昼過ぎ、桑原君はやってきた。以前転がり込んできた時のような切迫感はなかった。小さなバッグ一つを持って立っている姿は、今まで見たことがないほど身ぎれいで、その表情は明るく輝いてさえ見えた。
寝ぼけ眼を2~3度こすり、「桑原君?」と声を掛けると、彼ははにかむように笑った。
「山下君困らせたらあかんやないか」
彼の笑顔がいささか不愉快だった。小ぎれいにしているのも気に入らなかった。
「逃亡中 . . . 本文を読む
「なんで山下君のとこ行ったんやろ」
まずはそれが不思議だった。
「友達や知り合いの居場所、ほとんどわからんようになってるらしいわ、桑原君。ドヤ街言うんやろか、そういうとこで暮らしてたみたいやし、周りの人たちもよう引っ越しするしで、誰とも縁がないような感じになってもうたらしいんよ。で、販売所行ったら、僕の住所がわかったんで、いうことらしいわ」
行き場がないはずはない。僕が住み込みをしていた中華 . . . 本文を読む
古民家の離れを改造した手描き作業場の2階の一室が、山下君の部屋としてあてがわれた。翌日早朝から、様々な雑用が待ち受けていたが、3日間の秀美の指導付きだったので、その一つひとつを身に付けることは楽しくさえあった。
作業の合間のささやかな会話から、秀美もまた“押しかけ内弟子”からのスタートだったことがわかった。彼女の後押しが強くあったこともわかった。
「私も粘ったのよ。東京 . . . 本文を読む
電話帳で調べ、交番で尋ね、探し回っている間に、山下君を捉えた閃きは、次第に固い決心へと変わっていた。
夜をまたいではならない。今日中に訪ね当て、弟子入りのお願いをしなくてはならない。そう念じながら、山下君は歩いた。これまで経験したことのない高まりに、一歩ごとに頭が熱くなっていった。
大原の工房の近くに辿り着いたのは、午後7時を回っていた。岐阜の実家の周辺に似たのどかな景色の輪郭を暗くなった空の . . . 本文を読む
12時きっかりに店を出ると、山下君が肩をすぼめて待っていた。僕よりちょっと低いその肩を組んで、“ディキシー”へ向かった。路地には、遅くまで鳴り響いていたクリスマスソングももうない。
ドアを開けると、いきなりの喧噪だ。パーティでもやっているのだろうか。
「わ!」
目を丸くして立ち尽くす山下君に「えらい人やねえ。やめとく?」と訊いてみたが、開いたままの口と目の輝きに強い好 . . . 本文を読む