ともかく僕は、小杉さんと会ってみようと決めた。京子に小杉さんとのコンタクトを取り、朝10時半から11時半の間に店に電話をくれるよう依頼した。
京子からの電話を待つ間、店の仕事をしながら僕は、小杉さんとの想定問答を繰り返した。彼がどんな言辞を弄してセクトのメンバーを増やしていったのかは想像することさえできなかったが、想定問答の中での僕は、必ず怒っていた。
「おい!何ぼ~~っとしとんねん。手、止ま . . . 本文を読む
「小杉さんて、どんな人?」
かつて会った時の印象に輪郭を持たせたくて、僕は京子に尋ねた。茫洋とした対象への怒りは、僕自身の感情をただ徒に乱し傷つけるだけだと思った。どんな奴のどんなところを憎むべきか、はっきりさせたいと思った。
「どんな人って?……例えば?」
京子は、市民革命について熱弁をふるった時の顔になった。
「出身とか、性格とか、…&hell . . . 本文を読む
微笑む京子の顔に菜緒子の顔が重なった。
「野球部のアンダーウェアみたいでしょ?」と僕にTシャツを差し出した時の、菜緒子の笑顔を思い出した。
同い年の菜緒子は、東京の大学に進学した、高校の同級生だった。ひょんなことから言葉を交わしたのがきっかけで、僕は彼女の眩しいほどの明るさと屈託のなさに魅かれていった。
しかし、大学受験に失敗、京都で浪人生活をするようになった僕と、東京で大学 . . . 本文を読む
「大学では、何勉強してんねん」
「……大学、まだ始まってないんですわ~」
「え!嘘やろ!?今、何月や思うてんねん。自分がさぼってるだけちゃうか?」
「本当ですよ~。ストライキやってるんで」
「何がいな!何が不満でストライキしとんねん。……ほんまか?ほんまにストライキしとんのか?」
「本当ですって」
「誰がや。組合でもあるんかいな、 . . . 本文を読む
後ろ手を突き、京子の身体を支えていると、次第に頭の芯が眠気で覆われていく。京子の背中を押して両脚を抜いた。彼女の上半身が揺れ、横倒しになろうとする。右腕で首を支えると、抱き締めるような形になった。女の汗と酒の匂いがした。しばらくそっと、そのままにしておいた。
疲れた表情が、彼女の情愛の深さを表しているように思えてくる。じりじりと待ち、悶々と想い続け、行き場のない心を抱えてやってきたのだろう、と思 . . . 本文を読む
ワンカップを一気に飲み干し、京子は「夏の日本酒もいいわねえ」と言った。僕は僕のワンカップを手に持ったまま、一瞬たじろいだ。京子の勢いに気圧されていた。京子はそんな僕を横目で見て、すっと立ち上がった。僕の後ろを窓辺に向かい、しゃがみ込んだ。
「ほら~~~」と満面の笑みでこちらを振り向いた右手には、5合瓶が握られていた。
「これで、安心でしょ。飲も!」と、飛ぶようにやって来る。
「そんなもの、持 . . . 本文を読む
部屋に戻ると、京子は敷きっ放しの布団を畳んでいるところだった。
「意外ときれいにしてるんやねえ。……でも、布団は畳んだ方がええのん違う?」。
ちらりと振り向き微笑むその目に、もう刺すような光はない。
「梅雨、明けたし、敷いといた方がよく乾くし……。ええから、ええから、座って、座って」。そう言いながら、コーラをコタツの上に置き、僕は窓を大 . . . 本文を読む
「一人で店を切り盛りする自信はあるんや」「出来立ての店が忙しいのはええこっちゃ。そこで余分な金使うたらアホやもんなあ。忙しい時に、次のためのエネルギーを蓄えとく。そこで疲れてるようやったら、一国一城の主になる資格ないっちゅうこっちゃ」……。
すぐに軽く鼾をかき始めたコックの背中をしばし眺めながら、彼の言葉を思い出していた。顎を上げ気味に、自信の笑みを浮かべながら語って . . . 本文を読む
当初は、仕事の充実感って、こういうものなんだろうなあ、と思った。両手に一杯の荷物を持ってなんとかバランスを取っていると、「なんだ~~。まだまだいけるやんけ~~」と気軽に、ぽんとまた乗せられる。それをまたなんとか持ちこたえて運んでいると、ふっと慣れてくる。すると、「なんや~~。もっと運べるんちゃうか~~」と、また荷物を乗せられる……。そうして続く緊張感が、充実感になってい . . . 本文を読む