下宿の6畳に戻ると、決心が揺らぎ始めた。とっちゃんにはまだ告げていないばかりか、販売所の誰にも「とっちゃんと宵山に行ってきます」と宣言していないことにホッとする気持ちが強くなっていた。日々待ち続けている手紙がその日も着いていないことが、僕の心を小さくしているようでもあった。
夕闇が迫る頃、未練がましく一階のポストを見に行き、そのまま食事にと思ったが、その気になれない。暗い6畳に戻り、窓を開けた。 . . . 本文を読む
「なあ、宵山に連れてってくれへんか~?」
甘える目つきで見上げるとっちゃんの言葉が粘りつく。
もう一度折れそうになった膝を立て直し、糸を引きそうな言葉を振り払うように、手を左右に振る。
「なんで?なんでや~?ええがな。ええやんか~~。行こうや」
「とっちゃん一人で行き。僕は、ええわ」
突っぱね歩き始めると、とっちゃんは僕の前に立ち塞がった。
「ガキガキ~。まあ、聞いてえな。いろいろあん . . . 本文を読む
7月に入って間もない夕方、夕刊を配り終わって販売所に戻ると、とっちゃんがいない。おやつも手つかずだ。奇妙に穏やかで静かだが、なぜか心許ない。
「とっちゃんは?」。桑原君に尋ねると、彼が顔を横に振ると同時に“おっちゃん”が「帰ったんちゃうか~~?なんか落ち着かへんかったなあ。お菓子かて、食べてへんやろ~。よっぽどのことがあるんやろな~~」と笑った。
少し毒気を含んだ言い方 . . . 本文を読む
いつものように配達が終わり、いつものようにお菓子が出され、いつものようにとっちゃんがむさぼってはポケットに押し込み、いつものように4人で残り物を食べる……。
銭湯に行った翌日から、そんな風景に流れる空気が変わった。
桑原君は山下君と額を寄せ合い、大沢さんは僕と話をしたいと思っているようだった。
とっちゃんはそんな4人を階段から高みの見物といった風情。“ . . . 本文を読む
脱衣所に出るとすぐ、僕たち一人ひとりにコーラが手渡された。“白髪”を中心に小さな輪ができた。“白髪”の倒産劇の続きを聞いていると、桑原君と“長髪”が出てきて輪に加わった。“ぽっこり”が目配せをすると、“白髪” は話を中断。「まあ、倒産は経験せんほうがええ、ちゅうこっちゃ」と立ち上 . . . 本文を読む
大沢さんが「みんな、学生ではありません」と応えると、“ぽっこり”はもう一度鼻まで水中に没し僕たち全員をねめまわしたかと思うと、また口に含んだ水をプイと吹き出し、「そうか~~。学生ちゃうんか~~」と言った。
「二人は浪人ちゃうか?もう一人は、もう大人やもんなあ。何かあるんやろう」。水から上がり横に座った“ぽっこり”に“長髪”が . . . 本文を読む
丸刈り頭が白髪交じりの50代と思しき“おっさん”から、20代後半~30代前半と思われる長髪の、お兄さんと呼ぶべき“おっさん”まで、“おっさん達”は4名。30代の2名は、一人がボディビルダーのように筋骨隆々。もう一人は中肉中背で腹が少しぽっこりとしていた。全員が日に焼けた顔をてらてらと光らせている。
桑原君が「土方の&ldqu . . . 本文を読む